ポケベルに来た「88981064」のメッセージ…送り主は恋人じゃない まだ終わらない先輩女子の“影”【川奈まり子の百物語】
49106
その直後、電話の向こうでA子が悲鳴をあげた。次いで、ガタガタと椅子や机を鳴らして立ち騒ぐような物音が続いた。
「どうした!?」「大丈夫!?」と彼は訊ねたが、途端にブツッと通話が途切れた。
いてもたってもいられない気持ちで、彼は再び使っていた子機から電話を掛け直した。
すると、大人の男の声が「はい」と電話に出た。A子の父親だと直感して、咄嗟に切りそうになったが、「どちらさまですか?」と訊ねられて思い直した。
会話の途中で悲鳴をあげて電話を切ったので心配して掛け直したのだと正直に弁明したわけである。
すると相手は「娘のようすを見てきます」と言って電話を保留にし、5分と経たずに戻ってきて、こう言った。
「蒲団で寝ていましたよ。あなたもそろそろお休みになった方がいいんじゃないですか」
ちなみに利幸さんたちはポケベル世代のど真ん中で、彼とA子はお互いにポケベルで連絡を取り合っていた。
本来、ポケベルは受信専用で、メッセージを受信するとブザーが鳴るなどしてユーザーに知らせるが、画面に表示されるのは送信者の電話番号とわずかな数字だけだった。
ところが、この数字を用いた一種の暗号でメッセージを送り合うことが若者を中心に流行した。たとえば、「渋谷」は「428」、「愛してる」は「14106」などで、一定の解読パターンが編み出されて広まっていたのである。
――利幸さんたち2人も、日頃からポケベルを用いて数字の暗号メッセージをやりとりしてきた。
A子の父親との電話の後で、利幸さんは彼女にポケベルで「49106(至急電話くれ)」とメッセージを送った。
B先輩
返事がなかったので、翌朝6時に目が覚めるとすぐ「084 724106(おはよう。何してる?)」と送ってみた。
すると30分ほどして、A子の番号から「88981064(早く会いたいよ)」と送られてきた。
当然、彼は朝食も食べずに家を飛び出してA子の実家へ向かった。
路線バスで20分ぐらいの距離だったが、バスを待つのももどかしく、自転車で駆けつけると、A子の家の門の前に女性のシルエットが佇んでいた。
A子に違いないと思った。彼を待っていたのだ、と。
「A子! A子!」と自転車を漕ぎながら彼が呼ぶと、人影は弾かれたかのようにこちら向き直り、信じ難い速度で地面を滑ってきた。
地面すれすれを滑空しているとしか思えなかった。
足を動かさず、前のめりに飛んできて、あっという間に目の前に迫ってきた女の、その顔。
「……B先輩!」
正面から突っ込んでくる! こんなときですら怖いほど端整な顔を、彼は間近で見た。
本能的に横に逃れようとしたが、曲がり切れずに自転車ごと転倒しかけた。
危うくたたらを踏みつつ片足を地面について体勢を立て直す。
そのとき「危ない!」というA子の声が、遠く離れたところから聞こえてきた。
声の方を見やると、A子の家の2階の窓から身を乗り出している姿が目に入った。
たった今、異常なスピードで彼に向って来たB先輩はどこにもいない。
次の瞬間、車のクラクションが耳を聾して鳴り響き、ほぼ同時に彼の全身を激しい衝撃が襲った。
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