トランプから「原潜保有」を許された韓国 宿願だが…浮かれていられない“2つの障害”
核燃料だけでいいんだけど
――韓国紙はどう見ているのでしょう?
鈴置:原潜保有の許可は大慶事。しかし、米国での建造がそんなに簡単に進むのかなあ――というのがざっくりした反応です。韓国日報の社説「韓国型原潜の建造、戦争の抑止力の画期的な契機に」(10月31日、韓国語)が典型です。訳します。
・従来式の潜水艦と比べ長期の潜航能力と隠密性に優れる原潜は、単なる戦術武器ではなく、敵の戦争遂行能力に決定的な打撃を加え得る戦略資産だ。
・米国との協議を経て山積した課題を粘り強く解き、戦争の抑止力を画期的に改善するという非対称戦力を確保する機会を得たのだ。
「やった!原潜保有で核武装に道筋がついた」などとは一言も書いていません。が、「戦争の抑止力を画期的に改善」とのくだりから、衣の下の鎧が透けて見えます。
「抑止力を画期的に改善」とは、核による報復の潜在能力を得る、ということですから。もっとも、韓国日報の社説も手放しで喜んではいません。
・ただ、トランプ大統領の「米国建造案」は、潜水艦や原子炉を韓国内で作り、核燃料だけを米国から供給してもらうという韓国政府の計画と多少の違いがある。また、フィリー造船所には潜水艦を建造する施設がなく、新たに構築するには相当な時間とお金が必要だ。
・造船・原子力・ディーゼル潜水艦の各分野で強国である韓国は、原潜建造のための諸条件はすでに整っており、濃縮核燃料の部分だけ米国の協力を得ればいいのだ。
――韓国は原子力やディーゼル潜水艦の分野で「強国」なのですか?
鈴置:「強国」とは言い過ぎです。原発の基本特許も保有せず、核心部品も作れません。潜水艦も1990年代に西独から技術導入しましたが、未だに韓国製は騒音が大きいとされます。静粛性が必須の潜水艦としては致命的な欠陥です。
核武装中立を夢見る左派
――韓国にとっては米国製だろうと、原潜が手に入ればいいのでは?
鈴置:保守派はそうでしょう。でも、左派は国産にこだわると思います。米国での建造となれば、米国の積み上げてきた技術をそれなりに供与される可能性が強い。
しかし、それは技術面で米国の傘下にはいることを意味します。軍事的な対中包囲網に韓国も取り込まれる可能性が強まります。
左派系紙、ハンギョレの「トランプが『韓国原潜』を承認した2つの理由」(10月31日、韓国語版)は原潜保有のマイナス面について「韓国が中国牽制の前哨基地となる」「台湾まで足を延ばせるので米国のグローバル戦略の道具になる」と解説しています。
米国建造なら、さらなる「米国の道具」になる可能性が高まります。半面、韓国での独自建造なら、原潜は米国から軍事的に独立した「自主国防体制」の中核となり得るのです。韓国の左派、あるいは中道も核武装中立を夢見がちです。韓国で原潜を製造すれば、ついにその一歩を踏み出せるのです。
それもあってか、米国建造にケチを付けたがるのは左派メディアが多い感じがします。ハンギョレの「トランプが『韓国原潜』を承認した2つの理由」は「米国建造では時間がかかり、1番艦が進水するまでに10年はかかるだろう」と予測しました。
確かに、フィリー造船所には潜水艦を造るためのドックがなく、新設するだけで数年はかかるというのは事実です。熟練工も不足しているようです。
「ウクライナ」が加速する北朝鮮の原潜
李在明政権がトランプ大統領に直訴したのは、安保環境が激変して原潜保有が至急解決すべき課題となったからです。北朝鮮は核実験に成功した。そのうえ、第2撃能力たる原潜まで保有を宣言した。
韓国軍は北朝鮮が核ミサイルを発射しそうになったら、通常兵器で圧倒的な攻撃をかけて、ミサイル基地をせん滅する作戦でした。しかし、核ミサイル原潜が相手ではせん滅すべき相手の所在が分かりません。米国に頼らず北朝鮮に対抗するには「目には目」――韓国も核ミサイル原潜を急いで持つしかないのです。その意味で保守の中にも、早く配備できそうな韓国製造を支持する人が出るでしょう。
これまでなら「原潜建造なんてホラ」と笑っていられたのですが、北朝鮮のウクライナ派兵でロシアが技術援助する可能性が高まった。ウクライナ戦争の前、北朝鮮は原潜に必要な高張力鋼をロシアで調達しようとしたものの、ロシア政府によって阻止された、なんて情報もありました。しかし今後はそうはいきそうにない。
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