その分野の「最高峰」を見ておくことこそ重要…クリスティーズ社長が語る「真贋」を見極める力とは

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「道具に美を求める」

 スペシャリスト・山口桂氏の専門分野は東洋・日本美術である。日本美術の特質やおもしろさはどこにあるのか。

「日本美術を扱う骨董店のことを『茶道具屋さん』『道具屋さん』と呼んだりするところからもわかるように、屏風や硯箱、茶碗など日本の美術品の多くは、日常で使われる道具と不可分です。日本人というのは道具に対して実用性のみならず、装飾性や『美』まで求める傾向があります。生活のなかに芸術が当たり前のようにある環境で目を肥やし、美意識を研ぎ澄ませてきた人々が、脈々と生み出してきたのが日本美術です。いわゆる『用の美』の精神が行き届いた作品群は、世界でも他に類を見ないものとなっています。刀の鍔や鎧といった武具にまで、細かくて大胆な意匠を施してあったりするのには、本当に驚いてしまいます。

 個人的なことをいえば、私は仏教美術、とくに平安時代の仏像が好きです。仏教は大陸から朝鮮半島を通って日本に伝来し、初期の仏像は中国やインドの影響が強い姿をしていますが、平安時代になると和様化が進み、静けさに満ちた顔立ちとなってきます。そのころの仏像が好みなのです。

 また、茶碗もたいへんおもしろいです。美術品のなかでおそらく唯一、人が口をつけるのが茶碗です。桃山時代から残る茶碗もありますが、何百年のあいだにどれだけの人が口をつけてきたことか。こんなに割れやすいものなのに、よくぞ数々の天災や戦争を潜り抜けて、伝え残されてきたものだと思うと、より愛おしくなります」

「用の美」を湛える日本美術が個性的であるのはよくわかる。ただ、仏像にしろ茶碗にしても、よほど見慣れていないと良し悪しを判断しかねるという面もあるのではないか。見極め方のコツはあるだろうか。

「良し悪しを判断してやろうなどと大きく構えず、まずは好き嫌いで判断すればいいのだと思います。自分の好みを浮かび上がらせるには、次の方法を試してみるといいでしょう。美術館に出向き、最初の展示室へ入ったら、展示品のなかから好きな作品をひとつ選びメモします。次の展示室へ進み、またひとつ作品を選びメモします。ひと巡りするまで繰り返すと、たとえば10室分のメモがたまります。これを見返して、トップ10ランキングをつくってみると、自分の好みの傾向が見えてくるはずです。風景画より人物画のほうが好きみたいだとか、とにかくカラフルなものに惹かれる、などでしょう。ランキングリストを眺めていて知識欲が湧けば、もうすこし調べてみてもいい。ピカソの絵が複数ランクインしているなら、ピカソってどういう人だったのかなと探る。人となりを知れば、作品の見え方もきっとまた違ってくるものです」

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