「1日7000歩以上歩くべきだとよく言われる」をファクトチェックする難しさ…校閲者はどこまで“抱え込む”べきか

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 こんにちは。新潮社校閲部の甲谷です。

 まずはクイズから。

 以下の語句は最近、新聞やTVのニュースなどによく出てくる言葉です。それぞれ、どんな意味か説明してみてください。

1.ダイナミックプライシング 
2.レジリエンス 
3.インクルーシブ教育

一筋縄ではいかないファクトチェック

 さて、この連載でも折に触れてファクトチェック(調べ物)の話をしてきましたが、今回は改めて「ファクトチェックとは何か?」について考えてみます。

 SNSの普及などで、世間でもファクトチェックの重要性が認識されるようになってきましたが、実際に仕事上で調べ物を行っている校閲者がどのように業務を進めているか、ということはあまり知られていないように思えます。

 ファクトチェックというのは単純に「調べる」だけの作業ではありません。すぐにわかること、時間をかけて探せば見つかること、どうしてもわからなそうなこと……色々な要素が出てきますので、それぞれに上手く対応しなければならないのです。

簡単に調べられそうなものは?

 能書きはこのくらいにして、ここからは簡単なファクトチェックの実例を見ていきましょう。

 といっても、今回私がお話しするのは、図書館でどうやって引用箇所を探すか、といったファクトチェックの「方法」ではなく、それ以前の「思想」的な話であることをご留意ください(なお、ファクトチェックが得意そうな「生成AI」と校閲の関係については、過去記事をご参照いただければ幸いです)。

 それでは、実例の紹介も兼ねたミニクイズです。以下の3つの例文の中で最も簡単に調べられそうなものはどれでしょうか?

1.ハーバード大学を卒業したA県出身者は、B氏で18人目である。
2.就任後3度目となる訪米のため、C首相は政府専用機に乗り込んだ。
3.D大臣が有名実業家のE氏と会食するのは今年初めてのことである。

似たような文章でも……

 順番に見ていきましょう。まず1番。こちらのファクトチェックは困難を極めます。「ハーバード大学A県同窓生の会報」といった資料でもない限り、この30文字弱の文章の調べ物だけで1日が終わってしまいそうです。また、「A県出身」という表現の解釈にも議論の余地が残ります。

 もし週刊誌や新聞の記事で1番のような文章が出てきたとすれば、記者は必ずなんらかの根拠をもとに「18人」と書いているはずですから、校閲がゼロからファクトチェックするよりも、記者に直接、何の情報をもとに書いたのか確認したほうがはるかに“無駄な時間”を使わずに済みます。

 2番はどうでしょうか。首相の日々の仕事は「首相動静」として新聞各紙が報じていますし、首相訪米というのは大きな出来事ですので、過去の記事を検索すればおおよその目途が立ちそうです。

 一方、3番は2番の首相動静と似ているようにも思えますが、大臣の日々の動向までは把握が難しいですよね。校閲としては大臣と実業家の名前が正しいかどうか確認するくらいしかできなそうです。「今年初めて」のところが未確認であることを明記して編集にゲラを戻すのが良いでしょう。

 以上から、正解は2番となります。

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