「1日7000歩以上歩くべきだとよく言われる」をファクトチェックする難しさ…校閲者はどこまで“抱え込む”べきか

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エッセイのファクトチェック

 では、もう少し「やわらかい」ファクトチェックはどうでしょうか。今度はクイズではありませんが、以下の2つの文章を読んでみてください。エッセイの一部分という想定です。

4.最近の若者は、カレーより麻婆豆腐を好む傾向にあるらしい。
5.1日7000歩以上歩くべきだとよく言われる。

 まず、4番は調べにくい、というか調べようがない文章です。仮に、カレーと麻婆豆腐の人気度を比較した調査結果が見つかったとしても、文中の「若者」が何歳から何歳までを指しているのかが不明ですので、調査結果を4番の文章に当てはめることができません。しかも、語尾が「傾向にあるらしい」と断定を避けた表現になっています。

 そのため、差別的・侮蔑的表現などが含まれていない限り、また、よほど常識や時世から逸脱していない限り、「著者が何らかの情報を見聞きして、それをもとに書いた文章である」と判断して、深入りせずに“お任せ”する、というのが、実は校閲としての最適解なのです。

 つづいて5番。こちらは、調べようと思えばとことん調べられる一文です。例えば厚生労働省の「健康日本21」という指針(第三次、2024年)には身体活動の目標の一つとして「成人1日8000歩以上、高齢者6000歩以上」が掲げられています。歩数に関する論文もたくさんあります。

 しかし実際には、5番の文章に、校閲がたとえば「厚生労働省の指針ではこうですよ~!」などと指摘を入れても“余計なお世話”になる可能性が高いのです。

 なぜなら、最初から「厚生労働省は~」という書き方をしていないからです(ちなみに、1日7000歩以上歩くことで認知症などの発生リスクを下げられる、という内容の論文も存在します)。調べた結果をなんでもかんでもゲラに書けばいい、というものでは決してありません。おまけに、4番と同じく曖昧な語尾になっていることからもわかるように、もともと「大体で良い」タイプの文章構造なのです。

 一方、次のような文章の場合はどうすべきでしょうか。

6.厚生労働省の指針には「1日7000歩以上歩くべきだ」とある。

 6番の文章は「厚生労働省」と明記されているので厳密なファクトチェックが必要になります(というより、ファクトチェックしやすい一文です)。5番と6番の違いはとても重要です。

 4番や5番の文章について、細かい調べ物に時間を割くことは得策ではありません。ただし、7000歩が「700歩」になっていたとしたら“さすがに少なすぎではないか?”という指摘をすべきでしょう。

 このように、ファクトチェックの「押し引き」、どこまでが厳密であるべきでどこからは「大体で良い」のか、という判断をその場その場で適切に行うべきなのです。また、編集者側からの適切なオーダーや働きかけというのも実は重要になってきます。

濃淡と時間制限

 今回のお話、最大のポイントは、ファクトチェックには“深度の違い”と“時間制限”がある、ということです。

 まず、「深度の違い」について。例文で見たように、調べがつきやすい文章とつきにくい文章、そして「厳密でなくても良い文章」など、文章にはいろいろなタイプがあります。それぞれの文章ごとにファクトチェック「すべき深さ」、もしくはファクトチェック「できる深さ」が変わってくるのです。

 次に、「時間制限」について。校閲はボランティアではありませんから「質」だけでなく「スピード」も大事になってきます。それは、新聞や雑誌などの校了スパンの短い現場だけでなく、比較的納期の長い書籍の校閲でも同じことです。

 書籍校閲の納期2週間の仕事で13日目までをファクトチェックに費やしていては残り1日で素読みをしなければならず、単純な誤植がたくさん残るでしょう。ピントを外さない調べ物を心がける必要があります。

 ただし、「速ければ速いほど良い」というわけでもありません。“スピード違反”は致命的な誤植を世に出してしまうミスのもとになります。

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