「雨が降ったせいで」と「雨が降ったおかげで」に違いはあるか…“守備範囲の広い”日本語表現の奥深さ

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ちょっとややこしい「せい」の用例

 しかし、「せい」の後に良い結果を表す文章が来てはいけない、ということではありません。次の例を見てください。

5.教師という立場のせいで、若者をよく観察するようになった。

 これは『三省堂国語辞典 第8版』で「困らない場合の例」として紹介されていた文章です。

「教師という立場のせいで、何事にも神経質になってしまった」などのようにネガティブな結果を表す文章を後につけることもできるし、「若者をよく観察するようになった」というポジティブに取れる結果が来ても大丈夫、という場合もあるわけです。

 では、同じ「せい+ポジティブ」という構造の4番・5番の文章で、なぜ4番の文章には違和感があるのでしょうか。

 この問いに一つの方向性を示してくれるのが『明鏡国語辞典 第3版』の記述です。引用します。

〈「せい」【使い方】(1)よくない結果にいうことが多いが、よい結果にもいう。「苦労したせいか心遣いがこまやかだ」(2)感謝の気持ちがこもる文脈で使うのは誤り。「×あなたのせいで助かった 〇あなたのおかげで助かった」〉

(2)の説明がとても分かりやすいですね。4番の文章、「雨が降ったせいで、花に水やりをせずにすんだ」はまさに雨に対して感謝の気持ちがある文脈ですので、『明鏡』によると誤り、というわけです。

彼のせいで啓発された?

 しかし、ここでまた一つ問題が出てきます。『岩波国語辞典 第8版』には次のような例文がありました。

6.彼が同級だったせいで大いに啓発された。

 この「せい」は、先ほど見た「困らない場合の例」の一つで、ポジティブな結果をもたらしたときにも使われる「せい」の用法であると解釈できます。しかし、『明鏡』の「感謝の気持ちがこもる文脈で使うのは誤り」という記述とは一見、矛盾してしまうようにも思えます。

 私なりの解釈ですが、『明鏡』の記述はあくまで現代的な用法での話であり、ここでの「せい」という言葉の意味にはもう少し“広がり”があるのではないかと考えます。

「せい」は漢字で「所為」と書きます。昔は多く「しょい」と読まれ、「為せる所」、すなわち「したこと」「態度」といった意味で用いられたようです。

『日本国語大辞典 第2版』においても、

 上のことばを受けて、形式名詞のように用いて、それが原因・理由であることを表わす。

 とあり、もともとはポジティブ・ネガティブ関係なく「原因・理由」全般を表す時に用いる言葉だったことが分かります。「彼が同級だったせいで大いに啓発された」という一文は、よく見られるような「お前のせいで……」というネガティブな意味ではなく、もっとニュートラル(中立的)な、原因と結果を表す一文、と捉えるべきでしょう。

 6番の「せい」はやや文語的な使われ方であると言えます。このように、「昔は一般的だったはずだが、現代ではあまり見かけなくなった用法」に校閲としてどう向き合っていくか、というのは非常に難しい問題なのです。

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