「雨が降ったせいで」と「雨が降ったおかげで」に違いはあるか…“守備範囲の広い”日本語表現の奥深さ

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 こんにちは、新潮社校閲部の甲谷です。

 今回もクイズから。

 次に挙げるのは、どれも時代小説でよく出てくる言葉です。それぞれ、一般的に何と読むでしょうか? 3番と4番は、辞書上では2つの読みがあります。

1.床几 2.旅籠 3.(髪型の)月代 4.匕首 5.裃

思えば29回目

 この連載も29回目となりました。半年以上も原稿を書き続けてきたのかと思うと感慨も一入です。「一入」は“ひとしお”と読みます。なぜ漢字ではこのように書くのでしょうね……という話は次の機会に譲るとして、少しだけこれまでの連載を振り返ってみます。

 当連載では、校閲という仕事そのものについての話の他に、いろいろな「判断に迷う日本語表現」や、校閲の現場ではそれらをどのように扱っているか、といった話をしてきました。

 例えば、当連載でも最近取り上げた「貯金を取り崩す」「貯金を切り崩す」の話もそうですし、以前ご紹介した「有名な逸話」「明るみになる」といった表現、「姑息」「憮然」「破天荒」などの意味の変化、また漢字の使い方として「散りばめる」「喝を入れる」など……。ここに挙げた例はどれも、校閲の同業者であれば「ああ、あれね」と思うものばかりでしょう(私はこれらを必ずしも「誤用」と言っているわけではありません。過去記事をご参照ください)。

「せい」と「おかげ」の話

 さて、そんな日本語表現の中から、今回ご紹介するのは「せい」と「おかげ」の話です。

 まずは例文を見てみましょう。

1.彼が道を間違えたせいで、集合時間に遅れてしまった。
2.雨が降ったおかげで、花に水やりをせずにすんだ。

 この2つの文のように、一般に「せい」は困った結果が生じた時、「おかげ」は良い結果が生じた時に使われることが多いと言われます。例えば、『大辞泉 第2版』の「せい」の項には「多く、よくない結果をもたらす場合にいう」と明記されています。

 ここで、上の2文の「せい」と「おかげ」を入れ替えてみます。

3.彼が道を間違えたおかげで、集合時間に遅れてしまった。
4.雨が降ったせいで、花に水やりをせずにすんだ。

 まず、3番については、「『おかげ』は良い結果の時だけじゃないの? 『おかげさまで』とも言うし……」と違和感を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、じつは日本語表現として間違ってはいません。

『新明解国語辞典 第8版』には、「おかげで」は「自分がひどい目にあう原因となった事柄を皮肉をこめて言うことがある。その点では『せいで』と類義的になる」と書かれてあり、場合によっては「せいで」と同じように使うことができると明記されています。「おかげでひどい目にあったよ~」と愚痴をこぼしているイメージですね。

 一方、4番の文には違和感を覚える方が多いでしょう。「雨が降ったせいで、野球の試合が中止になった」ならば文章として通りがいいのですが、「せい」のあとに「~せずにすんだ」とあると、普段あまり見かけないタイプの文章のようにも思えます。

次ページ:ちょっとややこしい「せい」の用例

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