「貯金を切り崩す」は誤った表現か? 国語辞典が“誤用”を“新しい表現”として認めるまでの変化を楽しむ

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 こんにちは。新潮社校閲部の甲谷です。

 まずはクイズから。

 以下の語句は最近、新聞やTVのニュースなどによく出てくる言葉です。それぞれ、どんな意味か説明してみてください。

 1.フレイル 2.ソーラーシェアリング 3.ダークパターン

貯金を切り崩す? 取り崩す?

 校閲という仕事に就くと、特に最初のうちは、日本語表現で「え? そうなの?」と初めて知ることも多いものです。それは、校閲者という看板を掲げていても、言語、とりわけ日本語について完璧に理解・網羅しているわけではないからです。むしろ「オレは日本語の知識は100点だ」と自負している人は、校閲者に向きません。辞書もろくに引かず、新語にも疎い、勉強しない人よりは、「自分にはまだまだ日本語の知識がない」と謙虚に仕事に取り組む人の方が優秀なのです。

 ……と、最高気温35度以上がつづく連日の暑さのせいか、辛辣な書き出しになってしまいました。涼しい場所に移動して、今回はある日本語表現について書いていきます。

 その表現とは「貯金を切り崩す」「貯金を取り崩す」です。

 この2つの表現のうち、「貯金を切り崩す」を誤用とみなす向きもあるのですが、私はそのことを数年前に初めて知りました。しかし、本当に誤用と言えるのでしょうか? 現場の感覚も重視しつつ、辞書等を引いて確認してみましょう。

NHKにも視聴者から指摘が

 まず、NHK放送文化研究所が発行する「放送研究と調査」(2010年8月号)のコラムで、同研究所の太田眞希恵さんが「貯金を切り崩す」という表現について次のように書いていたのでご紹介します。

〈「貯金は『切り崩す』とは言わないでしょう。『取り崩す』ですよ。」――放送で使い方がまちがっていたとして、最近、何度か続いている視聴者からの指摘である〉

 そして、ご自身も「切り崩す派」のひとりだったという太田さんは、実際には「貯金を切り崩す」という表現をかなり見かけること、また(2010年時点では)「貯金を切り崩す」という表現が載っている国語辞典が見当たらないことなどに言及しつつ、コラムを次のように結びます。

〈今後さらに「切り崩す派」が増えていけば、数十年後の国語辞典に「貯金を切り崩す」が載ることもあるのではないか、などと思うのだが、そのころ私は、少ない年金だけでは生活費をまかなえず、「貯金を切り崩してはダメ!」などとは言えない切迫した経済状況に陥っているかもしれない〉

 では、このコラムから15年後、現在(2025年)の国語辞典では「貯金を切り崩す」は果たしてどう扱われているでしょうか?

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