出版業界では令和のいまも珍しくない「手書きの原稿」「赤ペンで修正」 データだけでのやり取りがかえって“非効率”な理由
「基地」と「墓地」
また、スキャン等による文字の読み取り(OCR)は以前から導入されていますが、例えば“音引(おんびき)”と“ダーシ”を判別できず「コンピューター」が「コンピュ―タ―」と出力されてしまったり(伸ばし棒にご注目)、拗促音を判別できずに「コンピユーター」となることも多いです。
こういった誤字をAIの判定により減らすことも可能かもしれません。しかし、連載で前回検証したように、生成AIの素読み能力は、時系列や文脈判断などの要素で“合格水準”にはまだまだ達していない状況です。例えば、OCRで「基地」と「墓地」の読み取りミスがあったとして、生成AIが常に文脈を適切に読み取り、検知してくれるかどうかは疑問が残ります。
他の例もご紹介します。ゲラ上では、校閲や編集の疑問に対して作家さんが修正せず「そのまま」にする場合「ママ」と書くのですが、私が実際に担当したゲラで、作家さんが書いた「ママ」が実は「母(Mom)」の意味の「ママ」だったことがあります。AIはそこまで正確に判断できるでしょうか。
なお、AIを搭載した各社のOCRサービスを見てみると、現状、解読率は95%前後のものが多いようです。一見、精度が高いように思えますが、20文字に1文字は間違っている可能性があるということです。そのままの状態で出版することは当然、できませんよね。
手作業は廃止できない
ここまでお読みになった読者の方から、こんな疑問が飛んできそうです。
「修正も全部パソコン上で、データだけでやれるようにして、手書きを廃止すればよいのでは?」
ごもっともな意見です。しかし、出版物ではその工程上、手書きを廃止することはできないのです。
詳細はまた改めて書こうと思いますが、理由を簡単に言うと、書籍というのは「wordなどのデータをそのままプリントアウトしている」ものでは決してなく、組版という複雑で緻密な工程を経ているからです。組版を経た上での試し刷り(=ゲラ)に修正をかける場合は、データを入れ直すのではなく、手作業で修正を入れるのが原則です。画家が完成間近の絵画に、一部分だけごくわずかな色味の修正を入れる際、わざわざ一から描き直したりはしないのと似ているかもしれません。
また、手書きの修正のほうが「どこがファクトチェック済みで、どこは新規での確認が必要か」といったことがわかりやすく、データ上で修正して全てを再入稿するよりもかえって効率が良いのです。データ再入稿の場合、校閲は事実上、一から読み直さなければなりません(そのため「再入稿」という言葉を聞くと校閲者は反射的にビクッとなります)。
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