出版業界では令和のいまも珍しくない「手書きの原稿」「赤ペンで修正」 データだけでのやり取りがかえって“非効率”な理由

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 こんにちは。新潮社校閲部の甲谷です。

 さぁ、今週もクイズから行きますね。

 前に出題した「代用字」について。例えば「年令」の“令”は代用字で、本来は「年齢」です(「年令」がダメというわけではありません)。では、以下の熟語における本来の表記はそれぞれ何でしょうか? 

 1.格好 2.編集 3.包帯 4.布団 5.戦没

合わせって何だっけ

 さて、これまで3回にわたって、校閲とAIの関係について考えてきました。校閲における3要素のうち「ファクトチェック」と「素読み」についての検証を終えましたので、今回は最後の要素「合わせ」をAIが担えるのか、考察したいと思います。

 まず「合わせ」とは何でしょうか――以前の連載内容を簡単に振り返ると、「手書きの文字と、活字になった文字が合っているかどうか、一字一句確認する」というものでした。

 前時代的と言われそうな作業です。よく私も「手書きで原稿を書いている作家さんなんてほとんどいないでしょ?」と訊かれることがあるのですが、実際には一定数の作家さんが手書きで、私自身も週に1、2回は手書き原稿の合わせの作業を行っています。

 また、合わせの作業をするのは手書き原稿に限りません。データ入稿の作家さんとのやりとりでも、ゲラ上での修正は手書きベースになることがほとんどなので(PDFにタッチペンで書かれる場合も含む)、校閲や編集者の合わせ作業が必要です。

 さらには、データ内で修正が行われたとしても、それを出版社側がゲラに反映させる場合はたいてい、手書きによるゲラへの「転記」が必要になります。ここで、転記ミス等がないかをチェックしなければ、作者の修正とは異なる文章がそのまま本として印刷され、大問題になってしまいます。

 このように、校閲者は実は2025年の今でも毎日、大量の手書き文字に触れているのです。詳しくは、当連載第4回「『ファクトチェック』や『誤字脱字』だけじゃない…校閲部員が重視する『合わせ』とは何か?」をご参照ください。

AIは「合わせ」を行えるのか

 では、こうした「合わせ」の確認を、AIはミスなく行うことができるでしょうか?

 まず、大事な点として「文字を解読できれば良いというわけではない」ということを押さえておかねばなりません。

 著者や編集者がゲラ上に手書き文字で修正を入れる場合、単に文字を書くだけでなく、「挿入位置の指定」や「削除箇所の指定」などを行います(そうしないと、どこの文字を変えればいいのか印刷所は判断できません)。テレビドラマなどでご覧になったことがある方も多いかもしれませんが、この指定の量が多い場合、ゲラは文字だけでなく線で「真っ赤」になります。

 ゲラ上の四方八方に向かって赤線を引き出し、上下左右の余白をフル活用して文字を書き、それでも足りない場合は別紙や、裏に書いたりすることもあります。データで新たに挿入する場合も、やはり「挿入箇所」は手書きで指定するので同じことです。

 つまり、「合わせ」の作業では常に「文字ではない情報」の読み取りも必要になり、しかも書き間違いや指定の間違いなどに気づいて臨機応変に対応する力が求められるわけですから、仮に文字を100%正確に読み取れるAIが完成しても、それだけでは不十分なのです。

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