『青い壺』が令和の大ヒット作に 再び注目を集める「有吉佐和子」の舞台「華岡青洲の妻」が、松竹と文学座で連続上演
初演は山田五十鈴だったが、杉村春子の当たり役に
「初演は、姑・於継=山田五十鈴、嫁・加恵=司葉子、青洲=田村高廣、演出=有吉佐和子自身でした。嫁の司葉子をいびる山田五十鈴の表情が能面のようで、ほんとうに怖かったと伝わる名舞台です。9月~10月の2か月公演で、連日満席となりました」
だが、おそらく往年の演劇ファンであれば、『華岡青洲の妻』の姑役といえば、文学座の大女優・杉村春子を思い浮かべるのではないだろうか。嫁をチクチクといびる青洲の母・於継こそ、杉村春子の当たり役では……と。
「実は、初演は東宝でしたが、再演からは文学座の上演が多くなり、於継は杉村春子の当たり役となったのです」
たしかにこの芝居は、初演以来、前回までに33回上演されているが(有吉台本以外の脚色・潤色公演含む)、実に、そのうち13回は杉村春子の於継なのである(以下、山田五十鈴5回、2代目水谷八重子4回、淡島千景3回……。ただし八重子は、嫁=加恵も3回演じている)。
なぜ、これほどの名舞台を、東宝が“手離した”のだろうか。
「初演の大入りを観た、東宝演劇の大幹部・菊田一夫が『客が入りゃあいいってもんじゃない』と、冗談で皮肉を言ったところ、作・演出の有吉さんがカチンときてしまい、再演は文学座に持っていった……とか。もちろん大げさな“伝説”ですが、いかにも気の強い有吉さんを彷彿とさせるエピソードです」
だが実は、文学座・杉村春子と有吉佐和子は、それ以前から仕事で組んでいた。
「1962年、有吉さんは、文学座のために『光明皇后』を書き下ろしています(演出=戌井市郎)。奈良時代、長屋王の変を題材にした宮廷ものです。これがたいへんな超大作で、当時のほぼ全座員、さらに研究生まで動員する大舞台でした。ここで主役を演じたのが杉村春子です」
それだけに「有吉さんは、最初から於継は、杉村春子をイメージして、あて書きしていたのでは」との憶測さえ生まれた。
ところで本年の、松竹版・新橋演舞場の「華岡青洲の妻」は、姑・於継=波乃久里子(途中休演あり)、嫁・加恵=大竹しのぶ、青洲=田中哲司、演出=齋藤雅文となっている。波乃も大竹も初役である(ただし、波乃は、嫁=加恵を3回、妹=小陸を5回演じている)。
「大竹しのぶは、いま68歳です。それだけに、てっきり、いびり役の姑・於継を演じるのかと思ったら、嫁・加恵だという。最初は26歳という設定ですよ。それだけに、半ば怖いもの見たさで観劇しました。さすがに大女優だけあり、見事にこなしていましたが、時折、歌舞伎の老女方が町娘を演じているように見える瞬間がありました。それだけに、この芝居は、歌舞伎でもできるのではないかと思いました。おなじ有吉さんの名作『ふるあめりかに袖はぬらさじ』も、文学座・杉村春子が初演でしたが、いまは坂東玉三郎が引き継いで、歌舞伎としても上演しています。『華岡青洲』も、中村萬壽・時蔵父子あたりで演じたら、また別の味わいが生まれるのではないでしょうか」
文学座が25年ぶりに上演
そして、10月からは、杉村春子が当たり役だった、“文学座ヴァージョン”が登場する。
「文学座が本作を取りあげるのは、2001年の全国公演以来、25年ぶりです。今回は、姑・於継=小野洋子、嫁・加恵=吉野実紗、青洲=采澤靖起、演出=鵜山仁という布陣で、みなさん、初役です」
今回、初めて本作を演出するという、ベテラン、鵜山仁に話をうかがった。
「実は、わたしの伯母が和歌山にいて、華岡青洲のことはよく聞いていたので、親しみはありました。しかし、近年の文学座には、本作のように着物で演じる和もの芝居の系譜がすくなかった。そのうえ、全編が独特の紀州弁です。少々、手ごわい作品のように思っていました。でもそろそろ、こういう和ものを、次の世代につなぐことも大切だと感じ、取り上げることにしました。もともと、杉村春子さんが演じていたような和もの名作は、一定の人気があるんです。『怪談牡丹灯籠』や『女の一生』などとともに、この『華岡青洲の妻』も地方からのニーズも高かったものですから」
一般には、嫁・姑の争いを描いた作品のようにいわれるが……
「たしかに、そんな印象があります。しかも、杉村春子さんが長く演じてきたので、彼女のイメージも強い。ところが、原作や台本をじっくりと読みなおしてみると、そんな狭量な作品ではないことに気づきます。有吉さんの世界の巨大さに驚きました。この作品は、背後に、自然と人間との葛藤や共存などが、しっかりと描かれています。たとえば、前半では、女性たちが機織りをして布地を生産し、業者に売っている場面が登場します。ここなどは、明らかに、自然から新たなものを抽出し、それをもとにして生きていく人間の姿を象徴的に描いています。その間、男である華岡青洲は京都に遊学していて登場しない。女性たちだけで、たくましく家が守られている。このあたり、さすがに『複合汚染』や『恍惚の人』といった社会性のある小説を書いた有吉さんならではだと思います」
有吉佐和子は、〈戯曲〉も書いたが、やはり、本業は小説家である。小説家が書いた〈戯曲〉には、なにか特色があるのだろうか。
「やはり、ほかの戯曲作家とはちがいます。とてもエッジの効いた筆致で書かれている。たとえば、嫁・加恵のセリフは、様々な葛藤に気づいていないような感じで書かれているんです。つまり、口では姑と争っているけれど、実は、本心から対抗心があるわけではないような……かえって嫉妬口調の奥に、愛情が見え隠れする……いかにもイノセントであるというか……このあたりは、舞台劇だからこそ表現できる部分で、実際に演じると、どんな感じなるのか、いまから楽しみです」
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