【戦後80年】淡島千景、若尾文子、高峰秀子を酒とともに…晩夏を乗り切るための昭和の名作「ビール映画」3選
瓶からコップに注いだビールをぐいっと飲み干す清々しさ。白い泡が浮かぶ生ビールを次々に空にしていく心地よさ。ときには泡が沈んだビールをちびちび飲むのも味わい深い。夏ほどビールが似合う季節は他にないように、夏の映画館には、ビール映画がよく似合う。そしてそれを飲む美しく逞しい女性たちの姿にもついつい惹かれてしまう。そんな夏にぴったりなビール映画と美しき女優たちを、旧作邦画の中から紹介したい。【月永理絵/映画ライター・編集者】
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酒場の女を演じてきた女優たち
夜の酒場で働く女性たちを描いた名作は数多い。なかでも多いのは銀座のバーやクラブを舞台にした映画。京マチコと山本富士子が共演した『夜の蝶』(1957)、高峰秀子主演の『女が階段を上る時』(1960)など、夜の街で熾烈な争いを繰り広げる女性たちや、男たちに翻弄されながら逞しく生きていく酒場の女を、これまで名だたる女優たちが演じてきた。
東京・赤坂の酒場を舞台にした映画といえば、川島雄三が監督した『赤坂の姉妹より 夜の肌』(1960)がある。川島雄三という監督は、東京をつぶさに観察し、そこで働き、生活する人々を描き続けた人だ。水商売の世界で生きるひとりの女と、それとはまったく別の生き方を模索する二人の妹たちの姿を描いたこの作品では、まず赤坂がどのような街であるかが紹介される。国会議事堂から1キロも離れていない赤坂の街は、政治家たちが会食やときには秘密の逢瀬に利用する場でもあり、同じ歓楽街として知られる銀座とは似て非なる街。ここでいちばんの権力者は政治家であり、煌びやかなクラブやバーよりも格式ある料亭が夜の街のトップに君臨する。この街で成功を手にしようと悪戦苦闘するのは、淡島千景演じる夏生という女性。夏生は、銀座のクラブ勤めから始め、いまでは赤坂の小さなバーを経営しているが、店のさらなる拡大を画策し、力のある男たちを品定めする。同じバーで働く妹の秋江(新珠三千代)は、野心的な姉を軽蔑し、自分は真実の愛のために生きたいのだと豪語する。そこへ信州から末の妹・冬子(川口知子)が上京し、三姉妹は一つ家で暮らしながら、それぞれに異なる生き方を模索する。
高級そうな酒がずらり
夏生は、出世と金のために男たちに擦り寄り、用が済めば切り捨てる打算的な女だが、仕事の前にふらりと立ち寄る酒場で見せる沈んだ顔からは、自ら望んで今の生活に至ったわけではないことがうかがえる。ただし、ひとりで飲むとき以外は、辛く惨めな様子は微塵も見せない。実の妹から生き方を否定されようと、同業の先輩から叱責されようと、昔のパトロンに恨まれようと、彼女はただ前を向き出世の道を直走る。瓶ビールが通常の何倍もの値段で売られる高級バーで、夜な夜な男たちに酒を飲ませ、自分はここまで生き抜いてきたのだ。失った過去を悔やむ暇などありはしない。吹っ切れたように、成功の階段を上っていく淡島千景が頼もしい。
劇中、高級バーや料亭では、ウイスキーやブランデーから日本酒まで、高級そうな酒がずらりと並ぶ。男と女がグラスを交わし合い駆け引きを繰り広げる夜の世界。けれどそこに並んだどんな酒よりも、学生運動に熱中する末の妹と仲間たちが乾杯する安っぽい瓶ビールが美味しそうに見えるのは、皮肉でもある。
もう一つの歓楽街、銀座について、「ビジネスガールが帰る頃、銀座にプロが出勤してくる」と語ったのは『女が階段を上る時』の高峰秀子だった。夜のクラブやバーで働く身の上を自嘲気味に表した言葉だが、夜の女たちが酒を商売道具に奮闘していた裏で、高度経済成長期の東京で働いていたビジネスガールたちは、どんなふうに酒とつきあっていたのだろう。
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