「楽しくて気付いたら子どもが7人に」 熊本市・「やまなみこども園」が起こした四つの奇跡 一方、「補助金獲得のための保育園」が乱立する問題も
保育園は“金のなる優良物件”
競争の中で経営を取り巻く状況も大きく変化している。
その象徴が、近年盛んになっている認定保育園のM&Aだ。検索してみれば、仲介業者が入って多くの認定保育園がネット上で売買されているのが分かる。
M&Aのサイトには、「赤字」「定員割れ」と表記されている園もある。だが、認定の園なら、経営者は子どもが減ったぶん保育士を減らし、別のノルマをこなせば、それなりの収益を上げることができる。ビジネスライクな人間にとっては、保育園は“金のなる優良物件”なのだ。
また、保育業界を舞台とした人材ビジネスも熾烈を極めている。近年、国は待遇改善を打ち出してはいるものの、保育士には低賃金、重労働のイメージがつきまとい、業界は深刻な人手不足に陥っている。
厚生労働省がこの打開策としているのが「職業紹介優良事業者認定制度」だ。保育士のあっせん会社を利用することで、人手不足を補うことを推奨しているのである。だが、その費用は高騰しており、現在は1人雇用すれば、あっせん会社に100万円前後の紹介料を支払わなければならなくなっている。認定の園でも簡単に手を出すことはできない。
そこで園が活用しているのが、スキマバイトサービスを通じた保育士の確保だ。「タイミー」のようなサイトを利用して、午前中のコアタイムの2時間だけ雇うなどして必要な人員をそろえるのである。これによって園は行政の配置基準をクリアして補助金を獲得できるかもしれないが、園児の名前も知らない2時間のパートでは、保育の質を担保するのは簡単ではない。
十分な給与を得られない保育士
さくら保育園の真島氏は話す。
「保育士の平均年収は約380万円とされていますが、肌感覚ではこれより1~2割は低い。園の保育料収入が保育士の賃金ではなく、別の用途に使われている現実もあるのです。現場で苦労している保育士が、十分な給与を得られず、通常の保育に加えて次々とノルマを課せられれば疲弊するのは仕方のないことです」
利益優先の園は、対外的なアピールに長けているという特徴もある。
本来、園がもっとも大切にしなければならないのは保育の質だ。保育士の子どもへの声のかけ方、遊びの奥深さ、絵本の読み聞かせは、一流とそうでない保育士との間にはプロ野球選手と草野球選手くらいの差があり、子どもの成長に大きく影響する。最近では小学生の精神年齢が1~2歳低くなったといわれているが、やまなみこども園の子は逆に1~2歳高いといわれるほど違うのだ。だが、それは可視化できないものであるがゆえに、なかなか理解されにくい。
こうしたことから、利益優先の園は、保育の質より、親にとって一目で分かりやすいメリットを上手にアピールする。園にカフェを併設して仕事帰りにお茶を楽しんでもらう、プログラミングの早期教育を行う、朝昼晩の三食を提供する、“手ぶら登園”で親の負担ゼロを掲げる……。
いくらコーヒーがおいしくても、何時間タブレットを見させても、乳幼児の心身の健全な発育にはつながらない。また、保育士が毎日大量の衣類の洗濯や購入に追われれば、良質な保育は難しくなる。だが残念ながら、保育情報のやりとりすらSNSで行われる時代では、そういう園の方が人気が高まりやすい上に、多額の補助金が流れ込む仕組みなのである。
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