「10年」かけて「全104曲」を完走! 日本一多忙な指揮者「飯森範親」が前代未聞のプロジェクト「ハイドンマラソン」の全内幕を明かす

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3日間のリハーサルでも完璧な演奏ができた理由

「首席指揮者」といっても、毎日、オーケストラと顔を合わせているわけではない。どこでもそうだが、通常、リハーサルは本番前の「3日間」のみであることが多い。

「それだけに、準備がたいへんでした。よく、ハイドンの時代の曲は小編成でシンプルだから、すぐに演奏できるように思われがちですが、まったく逆です。この時代の楽譜は、テンポや強弱、表情など作曲者の指示が、あまり書き込まれていません。ハイドン自身が演奏していたから、書き込む必要もなかったのでしょう。しかも、たとえば〈Adagio〉(ゆっくりと)とあっても、どれくらいの“ゆっくり”なのか、指揮者によって解釈は異なります」

 さらに、出版譜には、後世の校訂者が、新たに指示を加筆している場合もある。

「複数の出版社から出ている場合は、その指示が校訂者によってちがっています。演奏する際、それらを整理して、わたしなりの指示を出すわけですが、3日前のリハーサルで突然告げたのでは、オーケストラも混乱します。そこで、本番1か月前に、わたしの解釈や指示を書き込んだ総譜(指揮者用の大型楽譜)を送り、各奏者のパート譜に転記しておいてもらいました。ライブラリアン(楽譜管理係)の方はたいへんだったと思います。しかし、早めにわたしの解釈を知っておいてもらうためにも、必要な作業でした。でないと、3日間のリハーサルだけでは、毎回、あのレベルの演奏はできません」

 今回、その総譜の一部を見せていただいた。たしかに、あまり細かい指示は印刷されていない。複数の出版社から出ている曲の場合、校訂者による指示のちがいもあって、一見、おなじ曲とは思えない部分もある。それらを整理した細かい“飯森指示”が、肉筆で書き込まれていた。

「具体的なコトバで指示が書かれている分、後期ロマン派、マーラーの超大作のほうが、わかりやすいかもしれません(笑)」

 記念すべき第1回は、第35番、第17番、第6番《朝》の3曲。合間に、おなじハイドンのチェロ協奏曲第2番(チェロ独奏:アントニオ・メネセス)が入る組み合わせだった。このように、〈ハイドンマラソン〉は、番号順に演奏されたわけではない。組み合わせは、どのように決められたのだろうか。

「前楽団長の望月正樹さんと相談して、曲の長さ、調性、作曲年代などを考慮して、決めました。最終回が第104番《ロンドン》と第84番というのは、スタート時から決めていました。第104番《ロンドン》は、最後の、しかも、通称“ロンドンセット”と呼ばれる12曲の掉尾を飾る名曲です。第84番は6曲ある“パリセット”の3曲目。ハイドンにとって、ロンドンとパリは、大活躍した2大海外都市です。この2曲に、ハイドンと縁が深く、ウィーンで活躍したモーツァルトの、合唱が入る曲を組み合わせてフィナーレとしました。いわば3大都市の饗宴です」

 最後まで、こだわりつづけた10年間だったようだ。その間、コロナ禍での“ディスタンス&アクリル板”演奏や、財政難で、会場をいずみホールからザ・シンフォニーホール(1階席のみ使用)に移すなど、多くの困難もあったが、なんとか乗り越えてきた。

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