苛烈な弾圧を生き延びた「隠れキリシタン」が消えようとしている… 人口が減り続ける長崎・五島列島のいま(古市憲寿)

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 長崎・五島列島へ行ってきた。「潜伏キリシタン」が有名な地域で、島の各地に世界遺産にされた教会がある。「え、潜伏? 隠れキリシタンじゃなくて?」と思った人がいるかもしれない。実は世界遺産登録を前後して二つの用語が分けて使われることが増えた。

「潜伏キリシタン」とは江戸幕府が禁教令を出した後も250年にわたって信仰を守っていた人たちのこと。だが明治になって公然とキリスト教を信仰できるようになって、大きく二つの派閥に分かれた。一つはカトリック教徒になった人々。もう隠れる必要がなくなったので各地に教会が作られた。有名な堂崎(どうざき)天主堂や旧五輪教会堂はこの時のもの。

 だが250年の弾圧期に、信仰は元々のキリスト教とは似ても似つかぬものになっていた。使徒信条はオラショという摩訶不思議な呪文に代わり、肖像画で洗礼者ヨハネは、ちょんまげを生やし、着物をまとっている(広野真嗣『消された信仰』)。標準的なカトリックを選ばず、今でも独自の信仰を維持する人が「隠れキリシタン」と呼ばれているのだ。「潜伏」と「隠れ」をわざわざ分ける必要があるかには議論がある。

 苛烈な弾圧さえ生き延びた信仰が今、消えそうになっている。理由は急激な高齢化だ。維持が困難になった教会もあるし、隠れキリシタンも風前のともしびである。ピーク時には約15万に達した五島列島の人口は現在約5万人。2060年には1万人を切るとみられている。文字通り激減だ。

 島を巡っていてまず気が付くのは廃校の多さ。立派な校舎が使い道もなく打ち捨てられている。野球スタジアムや文化会館など立派な施設も多いが、財源は「石油貯蔵施設立地対策交付金」といった補助金。本来はきちんと少子化対策をして、人口維持を目指すべきところを、補助金に頼って箱物ばかりを作ってしまったのだろう。立派な石油備蓄記念会館は988席のアリーナを完備、石油に関する学習施設まである。

 空き家も多い。普段は長崎市内に住んでいて別荘代わりに島を訪れる人もいる。そのせいか、一部中心地を除き、島を歩いていても、ほとんど人とすれ違わない。やたら立派な建物や家が建ち並ぶのに誰もいない。ホラー映画の世界に紛れ込んだようだった。

 知り合ったタクシー運転手さんは上(かみ)五島の漁港で生まれ育った。子どもの頃は巻き網漁業の一大拠点で、多くの漁師が財産を築いたという。だが資源の枯渇や漁獲制限などにより漁業は衰退。変化は徐々に訪れた。だから明確な危機意識も抱けなかった。運転手さんいわく「いつの間にか寂しい集落になっていた」。そろそろ自分も島を出て、息子の住む地域への移住を考えているという。

 今、五島列島全体、もしくは日本中で似たようなことが起こっている。確実に高齢化は進み、既存産業も衰退するが、緩慢な変化なので危機感を抱きにくい。まあ全ては栄枯盛衰。座して終わりを待つというのも、一つのあり方ではある。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年4月24日号掲載

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