なでしこ代表を外れた天才・岩渕真奈が語ったドイツW杯 「力が足りなかった」(小林信也)

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 岩渕真奈の名を最初に聞いたのは16年前(2007年)、日テレ・メニーナの中学生がトップチームの日テレ・ベレーザに登録され、「なでしこリーグでデビューした」と話題になった。

 さらに08年のFIFA U─17女子W杯で真奈は世界を驚嘆させた。目を見張るドリブル突破から自らゴールを決め、メッシやマラドーナと並びたたえられた。日本代表は準々決勝でイングランドに敗れたが、FIFAは真奈を最優秀選手に選んだ。

 その“天才少女”に親近感を抱いたのは、彼女が私の自宅のすぐ近くに住んでいると知ったからだ。長男と草野球に興じた公園で彼女はボールを蹴っていた。息子の野球チームと同じ関前南小(東京都武蔵野市)が本拠の関前サッカークラブで真奈は育った。

 兄の練習に母と来て、コートサイドで遊ぶ姿がコーチたちを驚かせた話は武蔵野界隈では有名だ。

「小学校1年のころには、もう遊び以上のことをやっていました」

 教えてくれたのは当時も今も同クラブの代表兼監督の小島洋邦(67)だ。小島はコーチ相手に1対1を繰り返す真奈をよく覚えている。

「でも真奈はサッカーをやらないんだろうと半ば諦めていました。お母さんが反対していたからです」

 真奈には女の子らしく育ってほしい、そんな思いからピアノとクラシックバレエを習わせていた。

「ところが2年生になる時、真奈が両親を説得してクラブに入ったのです」

 ちょうど小島が彼女を迎え入れるため、関前サッカー少年団の名を関前SCと改めた時期だった。

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