キング・カズの言葉はいつも前を向かせてくれる

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 新型コロナウイルス禍を受けて、キング・カズこと三浦知良選手が発表した文章が、反響を呼んでいる。

「日本の力をみせるとき」と題されたそのコラムは、4月10日に日経新聞に掲載され、現在は彼のオフィシャルサイトにも転載されている。

 コラムの中で三浦選手は、緊急事態宣言について、「緩い」という批判もあるが、日本人ならば強制されなくてもモラルで動けるはずだ、と語っている。そして、

「ロックダウンでなく『セルフ・ロックダウン』でいくよ」

 と自らの方針を述べたうえで、

「僕たちのモラル、秩序と連帯、日本のアイデンティティーで乗り切ってみせる。そんな見本を示せたらいいね」

 と優しい調子でコラムを結んでいる。

 基本的に、自身の決意を述べているだけなのだが、読み手を前向きな気持ちにさせる内容になっているあたりに心が動かされた人が多いのだろう。

 押しつけがましさが一切感じられないのは三浦選手の一貫した姿勢と言えるかもしれない。たとえば2011年3月11日の東日本大震災直後のコラムの文章は、こうだ(以下、( )内は引用元の著書名)。

「言える立場ではないけれども、いま大事なのは、これから生きていくことだ。悲しみに打ちのめされるたびに、乗り越えてきたのが僕たち人間の歴史のはずだ。

 とても明るく生きていける状況じゃない。でも、何か明るい材料がなければ生きていけない。

 暗さではなく明るさを。2011年3月29日、Jリーグ選抜の僕らはみなさんに負けぬよう、全力で、必死に、真剣にプレーすることを誓う」(『とまらない』より。2011年3月25日のコラム)

 この直後、文中で触れている29日の震災復興チャリティーマッチで、三浦選手は感動的なゴールを決める。

 その時のことを振り返った文章もある。

「『今までで一番胸を打ったカズダンス』と知人は言ってくれた。最後に振り上げた人さし指が、震える指から発する思いのようなものが、いつもと少し違っていて、泣けてきたという。(略)

 サッカーに対する態度や考え方が今日までぶれなかったからこそ、あのゴールに至っている。やはりすべてはつながっている。素晴らしいです、サッカーは」(『とまらない』より。2011年4月8日のコラム)

 この3年後、被災地のいわき市の小学校で出張授業をしたときのことを書いたコラムもある。小学生たちの抱える重さと自身の感覚との間には「どうしても差ができる」ことへの複雑な心境を吐露したうえで、こう語っていた。

「『被災地を見てどう感じましたか』と尋ねられるたび、誠実になろうとするほど、いい言葉は見つからなくなる。

 でも彼ら(注・小学生たち)の作文を読み、ほっとした。『家を建てたい。お母さんに楽をさせてあげたいから』。行間には『誰かのために』という思いの跡があった。両親のことを思うその子は、人を傷つけたり刺したりすることはできないだろう。それではお母さんを悲しませると気づくだろう。誰かのために、と思えること。こうしたものがなくなって、子どもの関わる事件は起きているんじゃないだろうか。

『忘れちゃいけない』とよく言われる。ただ、記憶も痛みの感覚も薄れていくもの。そのときの感情を忘れず抱えるのは難しく、つらい。『いけない』と押しつけてはいけないものだ。

 だからって、忘れていいわけじゃない。行動できるとき行動し、協力できることを協力する。無理なことって続かないですから。支援は回数の問題じゃないし、夢はその大小を問うものじゃない。感謝の活動で横浜FCの1年を締めくくれてよかった」(『カズのまま死にたい』より。2014年11月28日のコラム)

 特筆すべきは、誰かを責めるような言葉が一切含まれていないこと。そして他者に何かを強いる言葉もないこと。それでいて前を向く姿勢が一貫している。その姿が多くの共感を呼ぶのだろう。新著『カズのまま死にたい』の「あとがき」には、その背景になる考え方がこんなふうに明かされている。

「若い頃は、言葉の意味など深く考えず、思ったことはズバズバと発していた気がする。今は、少しは人の気持ちが分かるようになったというか。みんなが痛みを抱えて生きているわけだから、その痛みをつつく必要はないよな、と思ったりもして。昔は自分に甘かったのが、今は自分にも厳しくできるようになりつつあるのかもね」

 13年ぶりに復帰したJ1の開幕も延期されてしまった。「2020年はラストチャンスかもしれない」と書いていたキング・カズにとっても、延期は痛いに違いない。そんな苦境を感じさせない彼の言葉は多くの人を前向きにしていることだろう。

デイリー新潮編集部

2020年4月15日掲載

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