「アリア全カット」の驚くべきオペラ タイパ公演を実現させたメゾ・ソプラノ歌手がその狙いを語る

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新しい試みを支える出演者たち

 このシリーズは、出演者にも恵まれたという。

「ほとんどの方は初演のときから出演していただいている敬愛するベテラン歌手の皆様です。特に初演時、椅子探しまでお付き合いいただいた大先輩、池田直樹さんには、ほんとうに頭が下がります。あえて年齢は伏せますが、このお歳になって、あの深くて美しい声と、軽い身のこなしは、驚きとしかいいようがありません」

 いまや日本オペラ界のレジェンドともいうべき池田さんは、今回の3部作すべてに“狂言回し”的な重要な役で出演している。いわばこのシリーズの名役者、要のような存在だ。

 さらに、プログラムに“全てをコントロールする陰の実力者”と記されているのが、ピアノ伴奏をつとめる河原忠之さんだ。日本を代表する声楽伴奏者、コレペティトール(声楽コーチ)でもある。驚くのは、その河原さんが後方でピアノを弾きながら、時折、出演者たちに交じって芝居に参加することだ。

「この公演、指揮者がいないんですよ。それでなぜできるのか。ピアノが河原先生だからなんです。河原先生には、研修所時代から指導や伴奏でお世話になっていました。〈歌〉が大好きで、オペラ愛に満ちていらっしゃる方です。しかもお声もよくて芸達者! それだけに、音楽面だけでなく、お芝居として、作品全体が頭のなかに入っているんです。だから、指揮者なしでも、河原先生のピアノに身をまかせることで、私たちは安心して歌ったり、演技したりできるんです」

 そのほか、字幕担当の三ヶ尻正さんによる、視覚的にも絶大な効果をもたらしている投影ワザもお見事としかいいようがない。通常のオペラ字幕よりも大きいスクリーンに投影し、人物によって文字を色分けするなど、ひたすら徹底的なわかりやすさを貫いている。

「たしかにオーケストラも舞台セットもありません。でも、その分、物語に集中していただけると思いますし、〈アリア〉をカットしたことで、スピーディーに楽しめるはずです。最近は、映像でオペラを鑑賞する機会も多くなりましたが、やはり、劇場に来ていただき、ナマの声を体感していただきたいです」

 5月の《コジ・ファン・トゥッテ》、6月の《ドン・ジョヴァンニ》は満席で大好評だった。いよいよ、7月8日の《フィガロの結婚》で、3部作が“完成”する。《フィガロ》は出演者も多く有名作品だけに、期待が高まる。

「しかし、いくら期待していただいても、アリア全カットですから、〈もう飛ぶまいぞこの蝶々〉も〈恋とはどんなものかしら〉も聴けません。それをご承知のうえで、ご来場ください!」

 林美智子さんは、単なる“早送り”を超越した、〈アリア全カット〉オペラという、新しいジャンルを生み出したのかもしれない。

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシック、映画音楽などを中心に音楽全般を執筆。東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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