アジア1位の民主主義国・台湾 展示もお土産も迷走気味の「中正紀念堂」で感じた一抹の不安(古市憲寿)

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 エコノミストの発表する民主主義指数(2022年版)によれば、世界で民主主義の国・地域に住む人の割合は半数を切っている。

 一世を風靡した『世界がもし100人の村だったら』風に言えば、完全な民主主義エリアに住むのはたった8人、中途半端な民主主義エリアを合わせても45人に過ぎない。一方で、独裁政治体制エリアに住む人は37人に及ぶ。

 というわけで完全な民主主義と呼べる国・地域は24しかないのだが、アジア地域1位が台湾だった。ちなみに全体では10位、日本は16位である。

 台湾で1947年に敷かれた戒厳令が解除されたのは87年で、初の総統直接選挙が実施されたのは96年のことだ。民主主義の歴史は浅いものの、投票率が高く、社会運動も盛ん。クオータ制により立法院の女性議員割合は4割を超え、民主主義のお手本のような場所になった。

 その台湾の中正紀念堂へ行ってきたのだが、ここでは「言論の自由」をテーマにしたコーナーが大きく展開されていた。2022年に始まったばかりの常設展示だ。

 もともと中正紀念堂とは台湾の初代総統である蒋介石の追悼施設。高さ70メートルのバカでかい建築物で、ホールには巨大な蒋介石座像が鎮座している。イメージ的には日本武道館を2倍にしたような建物だ。

 だが民主化後は使い道に困っているらしい。まず肝心の蒋介石の評価が揺れているのだ。台湾現代史に大きな禍根を残した二・二八事件では、蒋介石に大きな責任があったこともわかってきた。権威主義的な独裁者である蒋介石を追悼する巨大施設というのは、民主主義を掲げる現代台湾といかにも相性が悪い。

 中正紀念堂の「中正」というのは蒋介石の本名だが、2007年には民進党政権下で「台湾民主紀念館」と名前が変わったこともある。今は中正紀念堂に名前が戻され、蒋介石の展示も残されているが、「言論の自由」展の方がボリュームがある。

 一応、大規模な集会やデモが催されたり、民主化の象徴的な場所にもなっているのだが、毎日デモがあるわけではない。普段は市民の墨書や絵画が展示してあったり、ひなびた土産物屋があったりするのだが、どう見ても巨大な空間を持て余している。

 土産物屋に並ぶのは、手作りの工芸品やアクセサリー、記念Tシャツやタンブラーといった品々。蒋介石を英雄視できないせいか、グッズの方向性も迷走している。台湾を代表する施設のはずなのに、まるで田舎の物産館のようだ。「民主主義=市民運動=貧乏くさい」というのは、結果的に民主主義に対するマイナスプロモーションになるので、余計なお世話ながらどうにかした方がいいと思った。

 台湾はいつまで民主主義陣営に踏みとどまることができるのだろう。2024年には総統選挙が控えている。

 土産物屋で買った紀念堂を象ったメモスタンドを、帰国後、部屋に飾ってみた。安物だから仕方ないのだが、耐久性に関して少し心許なく思えた。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年6月15日号掲載

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