スモールビジネス創出で「一流の田舎」を作る――藻谷ゆかり(経営エッセイスト)【佐藤優の頂上対決】

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 田舎には起業のチャンスがいくらでもある――。東大卒業後、証券会社に入り、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得したワーキングマザーは、小さな会社を作り、一家で千葉県から長野県の山間部へと移住した。そこで発見したのは、過疎地でも事業を成功させ、幸せに暮らす方法だった。

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佐藤 ご著作『山奥ビジネス』(新潮新書)を興味深く拝読しました。地方の山奥で生まれたユニークなビジネスを紹介されていますが、これまでの著作でも地方で起業したさまざまな会社の事例研究をなさっています。そしてその藻谷さんご自身が、起業家であり、地方移住者ですね。

藻谷 はい。いまは事業譲渡しましたが、1997年にインド紅茶の輸入・販売を行う会社を設立し、21年間、経営していました。また2002年には、千葉県から長野県へ家族5人で移住し、いまもそこに住んでいます。

佐藤 ご主人はエコノミストの藻谷俊介氏ですね。ともに東京大学から金融機関に進み、ハーバード・ビジネススクールに留学されてMBA(経営学修士)を取得されたというすごい経歴です。藻谷さんが日興証券(現・SMBC日興証券)に入社されたのは、男女雇用機会均等法が施行された年でしたね。

藻谷 1986年入社で、その年の4月から法律が施行されました。

佐藤 採用時点は施行前になる。

藻谷 そうです。ただ日興証券はその3年前から女子総合職という形で、少しずつ女性の採用を行っていました。

佐藤 私が外務省に入省したのは1985年です。当時、総合職には女性が1人しかいませんでしたが、私と同じ専門職の3分の1は女性でした。夜遅くまでガンガン働き、自身のスペックをどんどん高めていこうとする意欲的な女性ばかりでした。

藻谷 バブルの始まりの頃ですし、当時はまだ女性の働き方が「名誉男性」のように働くという感じでしたね。

佐藤 特に高学歴だと、男に負けじと走っている人が多かった。その中で、藻谷さんはハーバード・ビジネススクールにも留学されています。ですから、起業という選択は大転換だったのではないですか。

藻谷 私は会社への忠誠心が強く、アメリカから戻ってきた時も、子供が生まれた時も、その会社でやっていこうという気持ちだったんです。でも、人間関係における未熟さもあって、大組織で子供を育てながら働くことができなかったんですね。

佐藤 確か俊介氏とはハーバードで出会って、アメリカで結婚式をされていますね。

藻谷 はい。27歳で帰国し、28歳で長男、29歳で長女を出産しました。結婚後は千葉県浦安市で夫の両親の近くに住み、その助けを借りながら仕事をしていましたが、両立できませんでした。それは日本企業だからかな、と思って、その後、外資系メーカー2社に勤めてみたのですが、そこでもうまくいかなかった。

佐藤 東大を出て、ハーバードでMBAも取って、幸せな結婚をして子供もいて、となると、当然、やっかみもあったでしょうね。学校では教えてくれませんが、人間のヤキモチって大変ですよ。

藻谷 それもあったかもしれませんが、やっぱり30代の自分は、人間的に非常に未熟でしたね。

佐藤 それで組織に属さず、起業されることにしたのですか。

藻谷 ええ、起業には「積極的な起業」と「消極的な起業」がありますが、私は後者です。スタートアップのように自分のやりたいことがあって起業するのではなく、組織に向かないから自分で会社を作るしかない、という感じでした。

佐藤 それが紅茶の輸入・販売だったのはどうしてですか。

藻谷 きっかけは、留学時代の友人であるインド人からお土産にもらったダージリンの紅茶です。紅茶は茶色いものと思っていましたが、それは日本茶のような緑色だったんですよ。日本では滅多に手に入らない珍しいものだから、これを輸入すればビジネスになると考えたんです。

佐藤 でも紅茶は、大手の定番商品もあるし、オーガニックなど小さな会社が特徴を打ち出した商品もたくさんありますよね。

藻谷 基本的なコンセプトは、ガーデンフレッシュ(採れたて)とシングルエステート(単一農園)で、これは何年にどこの農園で収穫されたもの、ということをアピールしました。ビジネスはスケールが要求される大きなビジネスか、小さくブティックタイプでやるかのどちらかです。私は特徴を打ち出して、ブティックタイプの起業をしたんです。

佐藤 まだ起業自体が珍しい時代ですよね。

藻谷 ちょうどインターネットの黎明期で、販売方法はネット通販にしました。その形態がまだ珍しかったので、注目され、差別化できました。もともと紅茶は非常にビジネスがしやすい商品なんです。日本茶だと温度管理が必要で、賞味期限も短い。でも紅茶は常温で運べますし、賞味期限も2年は大丈夫とされている。それで私は缶で売ることが多い紅茶を、脱酸素剤と一緒にチャック付きのアルミパックに入れました。それだと120円のメール便で全国に送ることができます。

佐藤 送料がかなり抑えられますね。

藻谷 はい。全国均一の料金で発送でき、かつ受け取りでも時間指定なしで家のポストに入れることができる。ですから紅茶は、非常にいい商材だったんですよ。

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