スモールビジネス創出で「一流の田舎」を作る――藻谷ゆかり(経営エッセイスト)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

地方は起業の適地

佐藤 お住まいの東御市は、起業についてはどんな状況ですか。

藻谷 東御市は、いま全国から人が集まり、「ワインシティー」となっています。それは軽井沢から東御市に移住したエッセイスト、玉村豊男さんから始まりました。玉村さんはワイン好きが高じて、試しに自分の敷地にブドウの苗500本を植えてみたそうです。標高が高い場所なので、本来、ブドウが育つ環境ではなかったのですが、近年の温暖化で適した場所になり、収穫できるようになったんです。

佐藤 それは北海道のワインも同じですね。

藻谷 ブドウが実ると、玉村さんはワイナリーを作りました。彼のすごいところは、次にワインアカデミーを設立して、人を呼び込んだことです。するとそこで学んだ人が、ヴィンヤード(ブドウ畑)を作る。でも醸造所がありません。だから彼らが委託醸造できる醸造所も建てたんです。

佐藤 そうすると、オリジナルのワインが次々誕生しますね。

藻谷 はい。玉村さんはワイナリーと同時にレストランも作りました。するとそこから独立して、パン屋さんやソーセージ屋さんを始める人も出てきた。そうやって、食のさまざまな分野で玉村チルドレンがスモールビジネスを始めました。東御市はその集積地になっているんです。

佐藤 藻谷さんの言われる「一流の田舎」になったわけですね。

藻谷 ええ、東御市は人口約3万人ですが、光り輝くジュエリータウンです。また、私の住んでいるあたりは土地が粘土質で、「八重原米(やえはらまい)」という、いいお米が採れます。それをブランド化しようという動きもあります。東京の食料会社に勤めてから地元に戻ってきた米農家の方が、シンガポールや香港の日本料理店向けに輸出するようになったんですね。さらに酒米も作り始めました。「山田錦」ではなく、「金紋錦」という長野県ならではの酒米を使った「想定外」「想定内」という銘柄の日本酒をホリエモン(堀江貴文氏)がプロデュースしています。

佐藤 日本各地でこうした動きが起きると世の中はかなり変わりますね。この流れを作り、成功させていくには何が必要ですか。

藻谷 『山奥ビジネス』では、三つのキーコンセプトを紹介しています。まず第一に、地方で起業して成功するには、「ハイバリュー・ローインパクト」であることが大切です。つまり価値が高い財・サービスを生み出しながら、環境や土地の文化への負荷を低く抑える事業です。それから「SLOCシナリオ」。Small, Local,Open, Connectedの頭文字ですが、これはソーシャル・デザイン思想家のエツィオ・マンズィーニが提唱した社会変革を起こすための概念で、文字通り、小さくローカルなプロジェクトが他の地域の人にも開かれ、波及していくことです。そしてもう一つは、「越境学習」です。自分が育った土地を一度は進学や就職などで離れ、新しい知見を得たり技術を学んで、それを生かしたビジネスを行う。

佐藤 東御市の事例にはそのすべてがありますね。

藻谷 山奥や離島もそうですが、小さなコミュニティーだと、社会実証実験みたいな試みが行いやすく、効果もすぐわかります。

佐藤 私も母の郷里である沖縄の久米島で、久米島高校の立て直しを手伝ったことがあります。総務省の「地域おこし協力隊」制度を利用して、その教師に東京工業大や早稲田大、北海道大出身の若者を招き、寮母さんには大阪大を出て教育関連企業に勤めたのち、離島の公立高校の立て直しで実績がある人を呼んだんです。すると島外からも生徒が来て、進学率も上がるなど、かなりうまくいきました。

藻谷 地方の小さなコミュニティーがいいのは、起業も同じです。まず初期投資が少なく済みます。例えば都内でレストランを開業すると、敷金礼金で300万円くらい取られてしまいます。でも地方ならその5分の1くらいで済む。すると損益分岐点が低くなる。

佐藤 都心で6千万円のマンションを買うより、後継者がいなくて困っている中小企業を3千万円で買うほうがずっと意義がある、とおっしゃっていましたね。

藻谷 例えば長野県の温泉旅館を400万円ほどで買った起業家がいます。それを2千万円ほどかけてリノベーションし、さらにそこに住めば、2400万円ほどで旅館業が始められる。共働きで30年働いて6千万円のタワーマンションのローン返済をするより、移住するほうが全体的な幸福度が高くなる可能性があります。

佐藤 地方で起業したり事業承継する場合、どのくらいの規模なら生活していけますか。

藻谷 年商1千万円あれば暮らしていけますね。手元に600万円くらい残れば、十分に生活できます。住居費は安いので、奥さんが他で働くなどすれば、手元に残るのが400万円台でもやっていけると思います。

佐藤 日本全体の平均年収は450万円ほどで、中央値は400万円あたりです。東京の非正規労働者が稼げる上限もそのあたりですから、不安定な状態のまま30代、40代を迎えていくのなら、移住は一つの選択肢になります。

藻谷 地方移住するなら、若いうちに拠点を移したほうがいいですね。そこから20年、30年のキャリアが築いていけますから。早期退職して50歳代、60歳前後だと、その時間がありません。しかもフレキシビリティー(柔軟性)を失っていますから、「地方移住して地獄を見た」というような話になりがちです。

佐藤 私も45歳くらいまでだと思いますね。40代前半ならまだ新しい外国語が習得できます。ビジネスも同じだと思います。

藻谷 私は、都会から若い人たちを呼び込んで、年商1千万円プレーヤーが毎年10人くらい生まれるような地域づくりをすべきだと考えています。いまは逆に年商1千万円あった店がどんどん廃業している状態です。だからこれから日本中でスモールビジネスを次々とポップアップさせていく必要がある。そのためには地域が受容性を高め、受け入れ態勢を整備しなければなりません。そして都会のコピーではない、どこにもない魅力的な町を創造することが、いま地方に求められているのだと思います。

藻谷ゆかり(もたにゆかり) 経営エッセイスト
1963年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。86年日興証券(現・SMBC日興証券)入社。ハーバード・ビジネススクールに留学し91年にMBA取得。帰国後、外資系メーカー2社を経て97年インド紅茶の輸入・販売会社を設立、2018年に事業譲渡した。16年より昭和女子大学客員教授、18年同特命教授。巴創業塾主宰。

週刊新潮 2023年2月23日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。