生誕100年・池波正太郎の小説はなぜ今も実写化が続く? 12歳から株屋で勤務、軍隊も経験…培われた人間観とは

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随筆にも健筆を発揮

 また池波は小説ばかりでなく、随筆にも健筆を発揮、食に託して自身の人生観を語った『食卓の情景』や、銀座の老舗のPR誌「銀座百点」に8年間続いた『池波正太郎の銀座日記』、あるいは、“シネマディクト”ぶりを発揮した『映画を見ると得をする』など優れた成果を残している。

 その後池波は昭60年、咳とともに喀血して、生まれて初めて入院をする。人間の体は実に丈夫でうまくできているが、同時に例えようもなく脆(もろ)いとの感を強くした。平成2年3月、三井記念病院に再び入院、急性白血病と診断され5月3日永眠。享年67。

 亡くなる3年前、昭和62年に発表された現代小説『原っぱ』はかつて、自分が子供の頃に体験した、あるいは自身の作品の中に描いてきた、生を充実させるために機能していた町や人々の和とは逆のものの台頭を描き、失われゆくことどもを書き残しておこうという姿勢がつづられている。一種の遺書とも読める作品で、池波自身が再び自らを育んだ下町の風景の中に回帰していったようにも思える。

縄田一男(なわたかずお)
文芸評論家。昭和33年東京都生まれ。専修大学大学院文学研究科博士課程修了。『時代小説の読みどころ』で中村星湖文学賞、『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞した。大衆文学研究会の会長、チャンバリストクラブの代表を歴任。著書に『武蔵』、『歴史・時代小説100選』などがある。

週刊新潮 2023年2月9日号掲載

特別読物「所詮『食べる、眠る、男女の営み』の人間を描く 『剣客商売』『鬼平犯科帳』『仕掛人・藤枝梅安』…生誕100年『池波正太郎』を読む喜び」より

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