流行語大賞の選考委員が中高年という不思議さ 現代で急速に下がる「長老」の価値(古市憲寿)

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 2022年の新語・流行語大賞が決まった。年間大賞は「村神様」。ヤクルトの村上宗隆選手のことで、その活躍をたたえて「村上様」が転じて「村神様」になったのだという。普段、スポーツを全く観ないので初めて聞いた言葉だった。戸惑ったのは僕だけではないようで、ラッパーの呂布カルマさんの「野球に興味のない人、置いてけぼり」というコメントをはじめ、村神様を知らない人も多かったようだ。

 不思議に思って選考委員のメンツを確かめたら納得した。姜尚中さんの72歳を筆頭に年配勢ばかりなのだ。金田一秀穂(69歳)、室井滋(64歳)、やくみつる(63歳)、俵万智(59歳)、辛酸なめ子(48歳)の各氏に「現代用語の基礎知識」編集長。そこに10代や20代はいない。

 得意分野も偏っていそうだ。スポーツや政治に関心はあるのだろうが、辛酸さんを除いてサブカルチャーに強そうには見えない。実際、「国葬儀」や「宗教2世」などがトップ10に選ばれており、政治的な志向を強く感じる。毎朝「モーニングショー」を観ているような、ワイドショー世代には納得の結果なのだろう。

 だが世の中はスポーツと政治だけで動いてはいない。同時期に三省堂の辞書編纂者が選ぶ「今年の新語2022」も発表されたが、こちらは「タイパ」「〇〇くない」「メタバース」「闇落ち」などの新語が選ばれている。基準は「辞書に収録するにふさわしい後世まで残る言葉」。選考委員自身が若いわけではないだろうが、言葉のプロだけあって、きちんと幅広い世代の言葉に目配りが利いている印象だ。個人的な納得感は、三省堂版の方が、はるかに大きかった。

 もっとも本家の新語・流行語大賞は、昔から(高齢になった)扇谷正造や草柳大蔵を審査委員長に戴く賞である。要は、年寄りが認めた新語・流行語というわけである。選ばれた言葉は、長老からお墨付きを与えられたようなものだ。

 伝統的な社会で、長老が尊敬されるのは合理的だった。たとえば無文字社会において、古老は検索エンジンであり、ウィキペディアでもある。自然に対する知識から、共同体の歴史まで、長老は幅広い知識を有していた。昔は平均寿命も短かったから、長老の知識には希少価値もあった。共同体の意思決定において、長老に意見を聞く意義は小さくなかったのだろう。

 だが今や、長老の価値は急速に下がっている。現代社会では、記憶の曖昧な高齢者よりも、書物やネットの方が古い物事を知っている。もはや人間に頼るよりも、ネットで検索したり、AIに聞いた方が正確という場合が多い。希少価値という意味でも、少子高齢化の進む日本では、若い世代の方が圧倒的に少ない。

 だからといって新語・流行語大賞に意味がないとは思わない。「そういう世界もあるのか」という発見になるからだ。新語や流行語は若者の独占物ではない。日本語話者には幅広い世代がいる。だが「年寄りが認めた新語・流行語大賞」とでも改名してくれたら、よりわかりやすい賞になると思う。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年12月22日号掲載

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