韓国のハロウィン事故後の自粛ムード 「誰も死なないバカ騒ぎ」あり得るのか(古市憲寿)

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 2022年10月31日、梨泰院。本来ならばハロウィン当日で賑わう夜、街はひっそりと静まり、ほとんどの店が休業していた。事件があった現場一帯にはオレンジ色の規制線が張られ、多くの警察官が立っている。捜査のためなのか、道路は29日のゴミが散乱したままになっていた。規制線越しでも、道が狭く、傾斜になっていることがわかる。

 梨泰院駅の1番出口では、歩道を埋めるように花束やマッコリが供えられ、僧侶による読経が続いていた。

 梨泰院に来て真っ先に気が付くことの一つが、交番と消防署の位置だ。事故現場から車道を挟んですぐの場所にある。警察署も決して遠くない。韓国メディアによれば、署長が車移動にこだわり到着時間が遅延。報告にも虚偽があったといい、今後も警備体制に対する糾弾は続きそうだ。

 韓国では10月30日から11月5日までが国家哀悼期間と定められた。僕は全くの別件でソウルに来たのだが、街の沈んだ空気はどこか3.11後の東京を思わせた。数々のハロウィンイベントは中止となり、装飾も外されている。

 156人が死亡した大事故だ。恐らく来年も韓国の人々は、ハロウィンに浮かれることができないのではないか。きっとハロウィンの時期のたびに、追悼の式典が実施される。もしかしたら、「街に集まりバカ騒ぎをするイベント」としてのハロウィンは、韓国から消えてしまう可能性もある。

 それを歓迎する人は多いだろう。何なら日本からもバカ騒ぎハロウィンを撲滅したいと思う向きがあるかもしれない。

 確かに人間が集まることは危険だ。感染症も人間同士の接触によって広がる。人類が定住を始め、共同体で暮らすようになってから、感染症で命を落とす人の数は爆発的に増えた。

 人間を家に閉じ込めておき、対人接触を最小限にすれば、群集事故は起こらないだろうし、感染症の流行も抑えられるだろう。2020年以降、そうした政策は「誰も殺さない」「誰も見殺しにしない」といった美辞麗句で正当化されてきた。言い換えればそれは、人間を「家畜」のように管理することと同義だ。

 安全で健康な社会を実現するためには、非人間的とも思われる統制が必要となる。例えばタバコやアルコール、砂糖を禁止すれば、疾病リスクは減り、平均寿命は延びるかもしれない。

 群集事故は定期的に起こる。1956年正月、新潟県の神社で行われた餅まきで、玉垣が崩れ、124人が死亡する事故が起きた。1989年にはイギリス・シェフィールドのサッカースタジアムで、97人が圧死する事故があった。2001年の兵庫県明石市の花火大会での事故は記憶に新しい。

 餅まき、サッカー、花火大会、そしてハロウィン。全てを禁止すれば、少なくとも未来の事故は防げる。だが果たしてそれは我々が目指すべき社会なのか。ゼロか100かで考える必要はない。適切な統制と安全は両立し得る。誰も死なないバカ騒ぎもあり得るはずだ。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年11月24日号掲載