ガストは100店閉鎖の苦境 低価格だけではないサイゼリヤに敗れた本当の理由

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ガストへの逆風

 リーズナブルな価格でありながら店員の接客はしっかりしており、快適な空間で飲食を楽しむことができる──この戦略で大ヒットした。

 だが1991年にバブルは崩壊。すかいらーくは大胆に次の戦略に打って出た。

「業績低迷を打開するため、1992年にガストが誕生しました。当時としては思い切った低価格路線で、“安さは正義”と消費者に強く支持されたのです。その象徴の一つが、ドリンクバーでしょう」(同・千葉氏)

 昔のファミレスは、ホットコーヒーがお代わり自由で、店員がテーブルまで来て注いでくれた。

「これはホテルのサービスにならったものです。ガストの価格の安さは、店員さんによるサービスをセルフサービスというトレードオフによって実現できているということをアピールしていたのです。安さには理由がある、ということです」(同・千葉氏)

 ドリンクバーは消費者の人気を集めた。夕方、ガストを訪れると、高校生がお代わり自由のジュースを飲みながら机で試験勉強をしている──こんな光景を目にした方も多いだろう。

 ガストの大成功に他社も追随した。90年代の外食産業は低価格競争が勃発したことが最大の特徴だったが、2000年代に入ると行きすぎが目立つようになった。

 すき家のワンオペやワタミの長時間労働などが社会問題化。「外食産業はブラック」というイメージが流布してしまう。

“専門店化”の影響

 消費者の間でも「あまりに低価格路線を支持してしまうと、ブラック企業の跋扈に手を貸してしまう」という反省ムードが広がった。

「ガストにとってより逆風になったのは、並行するようにして外食産業の“専門店化”が進んだことでしょう。例えば、ガストのメニューには『とんかつ』があります。ところが2000年代になると、『メニューが豊富な「ガスト」の「とんかつ」より、専門店の「かつや」のほうが美味しそう』という消費者心理がはたらいていったのです」(同・千葉氏)

 サイゼリヤも徹底した低価格路線を採っている。1992年に50号店、94年に100号店を出店と、ガストと同じように“価格破壊”路線で90年代に躍進を遂げた。

 似たような歴史を持っているのだが、ここにきて明暗が分かれた。その背景として、この“専門店化”が大きく影響したようだ。

 伝統的なファミレスであるガストは洋食も和食も用意しているが、サイゼリヤは基本的にイタリア料理しか提供していない。

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