「トー横キッズ」と「みゆき族」の共通点 なぜメディアは彼らを報じたくなるのか(古市憲寿)

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「トー横キッズ」という言葉を聞く機会が増えた。トー横とは「新宿東宝ビルの横」のこと。歌舞伎町の一角にあたり、バーや飲食店が立ち並ぶエリアだ。トー横キッズは、そこにたむろする若者を指す。

 トー横キッズが生まれたのはそれほど昔ではない。何せ新宿東宝ビルの開業が2015年である。社会学者の開沼博さんの取材に応じた少年によると、2019年頃、SNSを使って、トー横界隈に10代少女を集めた男がきっかけらしい。不登校や発達障害、家庭環境など何らかの問題を抱えた少女が多かったという(「東洋経済オンライン」2021年12月9日)。

 似た境遇の若者たちが、それをSNSで知り、トー横に集まる。新型コロナウイルスの流行がそれに拍車を掛けた。親がステイホームしている家にいたくない少年少女らが、営業自粛により、いつもより物々しさが薄まった歌舞伎町に集まったのだという。

 開沼さん曰く、トー横キッズは「セルフヘルプグループ」。だが、暴行事件、猥褻事件が相次いでいるとして、2021年12月4日には警視庁による一斉補導が実施された。警察は若者に声を掛け、17人の中高生たちが補導されたという。

 一斉補導と聞いて思い出すのは半世紀以上前の銀座である。東京オリンピック開催間近の1964年夏、銀座みゆき通りに、おしゃれに着飾った若者たちが集まっていた。当時、10代後半に差し掛かっていた団塊の世代を中心とした「みゆき族」である。あまりの活気に商店からの苦情が殺到したようだ。当時の警察は、みゆき族の一斉補導に乗り出す。1964年9月に2回、数百人規模の大がかりな補導が実施された。

 この一斉補導には批判も集まった。何せほとんどのみゆき族は、ただ銀座に来ていただけなのだ。警察の言い訳は「群れをなすところに、不良化の芽がある」。強引な理屈だが、確かにみゆき族は一時的に減少したらしい(「読売新聞」1964年9月29日夕刊)。

 銀座への憧れがあり、ファッションが注目されたみゆき族と、トー横キッズはまるで別物だが、半世紀を経ても若者がオフライン上の具体的な場所に集まるのは興味深い。デジタルネイティブというくらいなら、メタバース上で集えばいいのではないか。

 実際、「トー横キッズ」はメディアが生み出した側面がある。常時滞在しているキッズは数十人程度だろうか。その規模のコミュニティーだったら、日本中に無数に存在している。

 その中でトー横キッズがメディアに好まれるのは、歌舞伎町という画になる舞台があることに加えて、「居場所のなさ」や「承認欲求」など今っぽい要素が多く含まれているからだろう。「ハウル」など登場人物も味わい深い。かつてのみゆき族や、センター街やバーキン横のギャル同様に、恣意的に選ばれた時代の象徴だ。

 次に発見されるのは、どんなコミュニティーだろうか。そろそろメタバース上の迷惑集団あたりが注目される頃かもしれない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年7月14日号掲載