減り続ける日本の「お酒」――活路はどこにあるか――都留 康(一橋大学名誉教授)【佐藤優の頂上対決】

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問題は酒税法による規制

都留 次にウイスキーを見ると、1983年にピークを迎えて縮小しますが、日本のお酒の中で唯一、減少後に回復します。ハイボールブームのおかげです。2008年以降のことで、しかもいまは、世界的にもウイスキーブームになっています。スコットランドでもかなり消費が落ち込んで蒸留所も減ったのですが、最近、回復してきました。

佐藤 外国人がハイボールを飲むようになりましたね。私がイギリスにいた時のハイボールは、ウイスキーとソーダが1対1。イギリスでもロシアでも、強い酒を薄くすることにすごく抵抗がありました。

都留 ハイボールは20世紀初頭にアメリカで誕生しましたが、彼の国でもほぼ「死んだお酒」でした。でも最近、サントリーがバーにハイボールマシーンを置いて、強炭酸ソーダでウイスキーを飲むことを提案し、それが支持を得ているんですね。それは「ニューヨーク・タイムズ」紙に取り上げられました。

佐藤 いまや日本のウイスキーはすっかり世界に認知されています。

都留 2000年代に入って、ニッカの「シングルカスク余市10年」「竹鶴21年」やサントリーの「山崎12年」「響30年」などが次々と国際的なウイスキーコンペティションで賞を取りました。これによって、海外で注目され、輸出が伸びていくのです。

佐藤 輸出の中心はやはり高級ウイスキーですか。

都留 64%がプレミアムクラスのウイスキーですね。

佐藤 サントリーは、アメリカのビーム社を買収しています。

都留 ビームサントリーが販売する「ジムビーム」はバーボンで全米トップです。3位の「メーカーズマーク」も同社の商品で、これらに比べると、日本のウイスキーのシェアは微々たるものです。ただ同社の「HIBIKI Japanese Harmony」やそれより価格帯の低い「TOKI」は着実に浸透しています。

佐藤 ビールはどうですか。

都留 アジアを中心に輸出を伸ばしています。また現地生産をしたり、現地の会社を買収したりもしています。国内市場は縮小する一方ですが、最近は小さな工房で作られるクラフトビールが人気で、アメリカではもう25%くらいのシェアになっています。日本でも常陸野(ひたちの)ネストビールやCOEDOなどが有名です。前者はいま、40カ国・地域に輸出していますよ。

佐藤 やはり国内消費の減少は輸出で補うしかないわけですね。

都留 輸出総額は右肩上がりで、新型コロナの直撃を受けた2020年度も拡大しています。数量では減った時期もありますが、これはおそらく韓国の不買運動で、現地の日本ビールがゼロになったからです。

佐藤 グローバル化は着実に進んでいる。

都留 その中で課題も見えてきました。例えば、日本酒は日本料理店でしか飲まれていないことが問題です。だからその店舗数の上限が販売量の上限になる。これを乗り越えるには、現地料理とのペアリングが必要です。

佐藤 欧米なら白ワインと競合する形ですか。

都留 そうです。ロンドンでインターナショナル・ワイン・チャレンジというコンクールが行われているのですが、そこに日本酒(SAKE)部門を作って、ワインの一部としての認知の広がりを模索しています。

佐藤 でも赤ワインの世界には入っていけないところが辛いですよね。

都留 そこは限界がありますね。

佐藤 国家的な後押しも必要だと思いますが、日本の政策としてはどうですか。

都留 最大の問題は、国が新規参入を阻止していることです。酒税法には「需給の均衡」を維持するため、適当でないと認められる場合は免許を与えないとあります。実際、戦後、日本酒では一件も新規免許が発行されていません。でも本来、需給はマーケットが調整するもので、国の仕事ではない。

佐藤 ビールはさまざまな地ビールの会社ができましたね。

都留 ビールは1992年の緊急経済対策と93年の酒税法改正で、規制緩和となりました。それでいまはクラフトビールと呼ばれる商品を作る会社が各地に生まれました。だから規制緩和すれば新規参入企業が現れ、新しい需要が生み出されるのです。

佐藤 そうやって業界を活性化していかなければならない。

都留 2020年度の税制改正で、日本酒でも輸出用に限り、新規免許を出すことになりました。これは大きな前進です。また試験免許という、調査研究目的の免許を使って日本酒を作り、販売する酒販店(はせがわ酒店)も現れた。こうした動きを止めてはいけない。逆に促進していくことが、お酒の未来に必要なことだと思います。

都留 康(つるつよし) 一橋大学名誉教授
1954年福岡県生まれ。一橋大学大学院博士課程修了(経済学博士)。85年助教授、95年教授、2018年特任教授。専門は「人事と組織の経済学」で、主著に『世界の工場から世界の開発拠点へ』(共著)、『製品アーキテクチャと人材マネジメント』(第3回進化経済学会賞受賞)。

週刊新潮 2022年1月20日号掲載

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