減り続ける日本の「お酒」――活路はどこにあるか――都留 康(一橋大学名誉教授)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

底辺への競争

佐藤 私は外務省に入り、1986年からイギリス、ロシアで勤務し、1995年に帰国しました。その時、ものすごく日本のお酒が変わった、と思いました。一つは、ビールが辛くなった。もう一つは、甘いお酒や学生時代に慣れ親しんだ日本酒の2級酒の類がなくなっていたことです。

都留 日本酒の級別制度は1992年に廃止されましたが、1980年半ばから確かに日本のお酒は辛くなりました。ビールで言うと、アサヒの「スーパードライ」の登場が1987年です。

佐藤 それまではキリンのラガー全盛でしたね。独占禁止法に触れるくらいに売れていた。

都留 「スーパードライ」によって、アサヒはキリンからシェアを奪い、逆転するまでになります。ただ日本酒や焼酎の視点から幅広く見ると、当時、もう辛口への流れは始まっていたんですね。

佐藤 確か「越乃寒梅」のブームがありました。

都留 そうです。日本酒は1980年代半ばに、淡麗辛口ブームが起きます。その代表が新潟の「越乃寒梅」です。また焼酎においても、大分の三和酒類が1979年に発売した「いいちこ」が、1980年代半ばから非常に伸びていきます。

佐藤 香りの強い芋焼酎ではなく、ドライな麦焼酎が好まれるようになった。

都留 ええ、スッキリして淡麗で、ライトな酒質が飲まれるようになりました。それが、佐藤さんが外国で暮らされている間に日本で起きたことです。

佐藤 お酒は時代を映して盛衰があるのが面白いですね。

都留 そうなんです。お酒にはサイクルがあります。戦後の高度成長期に、一番よく飲まれたのは日本酒です。当時はビールより安かった。日本酒は高度成長期の1973年まで伸びて、あとは現在に至るまでひたすら落ちていきます。

佐藤 かつて晩酌は、みんな日本酒でした。

都留 次に出てくるのはビールです。売り上げでは1959年に日本酒を抜いて、どんどん伸びていく。背景には、冷蔵庫の普及があります。家庭用冷蔵庫は1965年に普及率が5割を超えます。

佐藤 いまからはなかなか想像できませんが、外でしか飲めなかった冷えたビールが、家で飲めるようになったわけですね。

都留 ビールは1994年にピークを迎えて、その後は落ちていきます。このビールの時代と並行して、お酒が多様化します。その中でウイスキーが伸びて落ち、続いて焼酎が伸びて落ちていきます。

佐藤 いまの缶酎ハイは、焼酎のカテゴリーに入りますか。

都留 入りません。現在は日本酒から数えて五つ目の缶酎ハイ、レモンサワーの時代ですが、これらはRTD(Ready to Drink)と呼ばれます。缶や瓶に入っていて、すぐに飲めるお酒という意味ですね。酒税法の分類では、リキュール・スピリッツになります。

佐藤 第三のビールと呼ばれるものもあります。

都留 これも税法上はリキュールです。定義がどうなっているかといえば、まずビールと発泡酒の違いは、原料となる麦芽の含有率が50%以上かそれ未満か、です。だから発泡酒も基本的にはビールです。最初の発泡酒は1994年の「サントリーホップス〈生〉」で、1998年にキリンが「麒麟淡麗」を投入します。これが、ピークを迎えたビールの減少を2003年頃までカバーするんです。

佐藤 発泡酒の方が断然安いですからね。

都留 その2003年には酒税法改正があり、発泡酒の税率が上がりました。これに対応して各社がもっと低税率となるビール系飲料の開発を行った。それが第三のビールと呼ばれるものです。

佐藤 企業努力の賜物ですね。

都留 その第1号は2004年のサッポロ「ドラフトワン」で、続いてキリンが「のどごし〈生〉」、アサヒが「新生」を出します。いまはサントリーの「金麦」やキリンの「本麒麟」が売れていますが、缶の下の方を見るとリキュールと書いてあります。基本は発泡酒にスピリッツを加え、コクを出すためにエキス分を入れているんです。

佐藤 これらは世界的にも珍しい飲み物じゃないですか。

都留 麦芽とかホップを含まない飲み物までビール系飲料として売られているのは日本だけです。私はこれを「底辺への競争」と呼んでいます。

佐藤 それは経済学の用語ですね。

都留 本来は、企業が海外に逃げ出さないように行われる、各国間の法人税切り下げ合戦を指します。そこでは税率が限りなくゼロに近づいていきますが、ビール会社が低い税率を目指して商品開発をして対応することも、同様に表現できると考えたのです。ビール会社にとっては「辛い現実」ではないでしょうか。

佐藤 ただ今度、ビールの税率が下がりますね。

都留 現在は350ミリリットルあたり、ビールが77円、発泡酒が46.99円、第三のビールが28円です。それを段階的に変えて、2026年10月には54.25円に一本化します。国の政策ははっきりしていて、取れるところから取ろう、ということです。

佐藤 そうすると、材料費だけの差になる。

都留 ビールは安くなります。でも250円対150円の差がちょっと縮まるくらいです。これでビールが復活するとは思えない。一方、RTDの売り上げは下がるでしょうね。

次ページ:ニューヨークで大吟醸酒造り

前へ 1 2 3 4 次へ

[2/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。