宝塚から日活ロマンポルノへ…朝比奈順子さんが仲間と振り返った80年代の黄金期【2021年墓碑銘】

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「きわどい役も笑いを誘う役もできる」

 白系ロシア人の血を引くはっきりした顔立ちとグラマラスな肢体でファンを魅了した女優・朝比奈順子さん。日活ロマンポルノへの出演を誇りに思っていたという。40年来の大親友が、生前の彼女のおおらかで温かな人柄を明かす。

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 朝比奈順子さん(本名・越後亜紀子)が67歳で亡くなった知らせは、一般紙でも広く伝えられた。朝比奈さんが日活ロマンポルノのスターだったのは、1980年代前半のことだ。

 同じ時期に活躍した風祭ゆきさんは回想する。

「40年来、心を許せる大親友でした。華やかでおおらかで温かい人。デビューは私の1年後ですが、同じ歳で誕生日も近い。育った場所もすぐ近くとわかって驚きました。順子と私の出演作はテイストが違ったためによく併映され、一緒に各地へ舞台挨拶に行きました。ファンが詰めかけてくれましたね。日活の一流の映画人に鍛えられ、私たちは出演を誇りに思っていました」

 日活がロマンポルノを始めたのは、71年。以来88年までの間に1100本余りが製作された。そのほとんどを観てきた映画評論家の北川れい子さんは思い出す。

「目がぱっちりしていてかわいらしい。上品な色香がありました。開放感があって明るい雰囲気。役の幅が広く、きわどい役も笑いを誘う役もできる記憶に残る女優で、一時代を築いた」

時代劇や2時間ドラマでも重宝

 53年、東京生まれ。はっきりした顔立ちやグラマーな肢体は、白系ロシア人の祖父の血を引く影響という。

 宝塚歌劇団からロマンポルノに転じた異色の経歴の持ち主だ。宝塚では小早川有希の芸名で初舞台。だが、1年ほどで辞めてしまう。72年以来テレビやミュージカルに出演。歌手デビューも果たすが芸能界から遠ざかり、女性下着の販売などをしていたところ、ロマンポルノ出演を勧められる。

 81年に名匠、藤井克彦監督の「女教師のめざめ」でいきなり主演デビュー。潔癖な教師役で教頭や教え子に襲われる苛酷な展開にも女優開眼。一躍、人気者に。

 2作目の「バックが大好き!」(小原宏裕監督)は一転、コメディ調。100人分を目標に、屹立した男のモノに墨汁を塗り半紙に形を写し取っていく物語だ。

 84年までロマンポルノに出演。並行して他の映画やテレビに請われて登場した。

 筒井康隆さん原作の映画「俗物図鑑」(82年)では、性病評論家を好演した。監督した内藤誠さんは言う。

「駄目でもともととお願いしたのに喜んで引き受けてくれたのです。ふざけた役を自然に演じてうまかった。大スターなのに飾らない」

 特に時代劇や2時間ドラマでも重宝されていく。

「かわいいのに悪人という意外性があって、悪女役が多かったですね」(風祭さん)

 NHK大河ドラマ「春日局」(89年)では徳川家康の側室役で出演。裸を封印せず、96年にヌード写真集を出して話題になる。

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