【袴田事件と世界一の姉】会見に突如現れた巖さん 弁護団が打った「必勝の王手」とは

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「血痕が赤いまま残る」はあり得ない

 会見で小川弁護士は「味噌漬けの血液のヘモグロビンが分解してすぐに赤みが失われ、さらに長期的なメイラード反応で赤みが完全に消えることが裏付けられた。5点の衣類が1年2カ月、味噌に漬かっていたという確定判決に合理的な疑いがはっきり生じた」などと語った。

 これより先、弁護団は11月1日に意見書と鑑定書を提出していた。弁護団は最高裁から「赤みが残らないことを専門家の知見を踏まえて証明せよ」と求められていた。再審請求審では、これまでも山崎さんが中心になって実施してきた「味噌漬け実験」の報告書を裁判所に提出していた。といっても「血の付いた服を1年、味噌に漬けたらどうなるか」などという奇妙な研究をしている科学者などいないので、弁護団は科学者に実験をしてもらい「赤いまま残ることはない」と裏付けてもらったのだ。小川弁護士は「我々の味噌漬け実験について最高裁は、事件当時の味噌より色が濃かったのではないかとの疑義を持っていたが、白味噌でも24時間以内、遅くとも4週間で黒褐色になった。これで裁判所からの宿題はすべてこなした」と胸を張った。

 11月1日に鑑定書や意見書を提出し、5日に東京と静岡での会見で小川弁護士と間光洋弁護士が詳細を説明していた。間弁護士は「そもそも血液が赤いのは赤血球のヘモグロビンによるが、ヘモグロビンはヘムという物質とグロビンというたんぱく質が結合している。このヘムという物質が赤い。ところがPH(酸、アルカリの度合い)が5程度、塩分濃度10%とされる一般的な味噌に漬かっていると、赤血球の膜が破れてヘモグロビンが流出し、そして黒褐色になってゆく」などと説明した。別に味噌などに漬かっていなくても、怪我して出血した後、かさぶたが鮮やかな赤色にならず、すぐに黒ずんだ色になるのと同じで、特殊な細工でもしない限り血痕は赤いままになどならないのが普通だろう。

 弁護団は「再審開始に直結する専門的な知見を得られた」としたが、検察は意見書で「弁護側は赤みが全く残らないということを立証すべきだ」と抵抗していた。間弁護士は会見で「最高裁の要請を曲解して不当にハードルを上げようとするもの」と検察の応酬を批判した。ほんのわずかでも赤みが残ることがあれば、それを根拠に再審開始を阻止したいのだろうか。5点の衣類に残っていた血痕は「わずか」などではない。ステテコ、シャツ、ズボンなどすべて赤みが十分残る血痕だらけだったのだ。長い戦いにおいて弁護団はまさに「必勝の王手」を打ったのである。

「警察の捏造」の主張を避けた当初の弁護人

 事件の経緯を改めておさらいする。

 1966年6月30日未明に清水市(現静岡市清水区)で味噌製造会社「こがね味噌」の橋本藤雄専務の一家4人が惨殺、放火される事件が発生。この会社の従業員だった巖さんは8月18日に逮捕、拘束された。翌年の8月31日に工場の味噌タンクの底から5点の衣類が発見され、当時の警察の証拠写真ではこの衣類に付いた血痕は赤かった。8トン入る1号タンクは事件発生の3週間後の7月20日に新たに味噌を半分仕込んでおり、袴田さんが犯行着衣をタンクの底に隠したというならこれより前でなくてはならない。味噌は固くて流動性がなく、麻袋に入れて上から放り込んだ衣服が沈むことはない。

 赤い血痕が付着していたということは、5点の衣類は1年以上味噌樽に漬かっていたわけではないということである。それまでの間、巖さんは拘束されていたのだから、発見直前に何者かが投入したことになる。5点の衣類の発見時には既に静岡地裁で一審の裁判が進行していたが、検察は犯行時の衣服をパジャマとする冒頭陳述を急に変更し、5点の衣類としたのだ。警察は当初、「犯行時の衣服はパジャマ」とし、新聞は「血染めのシャツ」などと派手に報じた。しかし、実際は鑑定もできないほど微量で、血痕なのかシミなのかもわからないくらいだった。証拠価値が薄まり、検察・警察は静岡地裁での裁判で焦燥感を強めていた中で、結審しそうになっていた事件翌年の8月に突然、「5点の衣類が見つかった」としてこれを犯行時の衣類とし、検察官は冒頭陳述を変更したのだ。しかし新聞は、この不自然で重要な変更をほとんど報じなかった。

 DNA鑑定も試料不足などから再審請求審で明確な結論が出ず、現在、再審の可否は「1年以上味噌漬けにされた衣服の血痕が赤いままなのか」という原始的な争点に絞られている。

 当時の報道の無責任はともかく、なぜ5点の衣類について今頃、検証するというようなおかしなことになったのか。事件から1年以上経って突然、犯行時の服が変えられるなど、誰がどう考えても不自然だった。しかし、5点の衣類が袴田巖さんの所有物だったのかなどをめぐって弁護団が本格的に争ったのは、東京高裁での控訴審からだ。

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