東大大学院教授がデジタル教科書に警鐘 「覚えやすいのはスマホより紙」

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「紙」のメリット

 こうした「書く力」は、ビジネスパーソンにも大いに役立つ。より深い思考を求められる時に重要なのはパソコンのキーボードを叩くことではなく、手で書き、読み返すことなのだ。

「会社内の書類でも、深い理解を必要とせず、斜めに読めば済むようなものはデジタル化すればいいと思います。しかし、仕事の成否を左右するような文書では、手間を惜しまずにプリントして、紙上でじっくり見るべきです。パソコン上で推敲し終わった文章でも、印刷して読み直すと誤字が見つかるものです。PDFの書類だとパソコン上でスクロールしてしまいます。一方で紙は机の上に固定されるので、文字の位置も変わりません。すると、文字の位置情報を手がかりに誤字などの間違いに対する『注意』が働きやすくなります」

 他にも「紙」にはこんなメリットがある。

「例えば、小説などを読む時には、登場人物の描写や伏線などを戻って読み返したくなることもあります。これをスクロール・バーだけで探すのは至難の業ですが、紙の本なら、だいたい当たりを付けてページをめくっていけば、すぐに見つかるものです。さらに印を書き込んだり、付箋を貼ったりしながら読めば、より確実です。デジタル文書ではキーワードが分かれば素早く検索できますが、キーワードを思い出せないとお手上げでしょう。資格試験などの合格を目指している人は、紙の本を何度も何度も読み返して、相互参照することで、大切なポイントを記憶していくことになるわけです」

 クリエイティブな仕事をしたいと思っている人なら尚更良い効果を生む、と酒井教授は締め括る。

「今年の東京五輪の聖火台をデザインしたデザイナーの佐藤オオキさんは自身のアイデアをまずはノートに書きだすそうです。手書きのノートを作ることは、集中した完成度の高い仕事に役立つと思います。アイデアを紙でメモにしたり、イラストにしたりすることで、ゆっくり考える時間が生まれ、創造力を発揮することができるでしょう。そのプロセスこそが大事だと思います。紙のノートを大事にしながら、何度も見返すことで、より良い案が生まれてくるものです」

 デジタルを凌駕する、恐るべし「メモの力」――。

 劇作家で詩人の寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったが、「スマホを捨てよ、書を読みメモを取ろう」という姿勢こそが、仕事と勉学において良い効果をもたらすのである。

酒井邦嘉(さかいくによし)
東京大学大学院総合文化研究科教授。言語脳科学者。1964年生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。ハーバード大学医学部リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2021年より、東京大学大学院教授。2002年第56回毎日出版文化賞、2005年第19回塚原仲晃記念賞受賞。

週刊新潮 2021年10月21日号掲載

特集「『デジタル教科書』に警鐘 東大大学院教授が実験で証明『覚えやすいのはスマホより紙』」より

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