分断されても分裂はしないアメリカを解剖する――阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授) 【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

野望には野望を

佐藤 私はモスクワでソ連崩壊に立ち会いましたが、ソ連の失敗は、アメリカの制度を参考にしたことが招いたと見ているんです。

阿川 ソ連はアメリカの制度を真似たのですか。

佐藤 ソ連は正式にはソビエト社会主義共和国連邦で、共和国のユニオンです。実はソ連憲法には「離脱権」が明記されています。

阿川 へぇ、そうでしたか。

佐藤 最終的にはその離脱権が行使されて自壊します。

阿川 共和国に、ソ連邦からの離脱権があるかどうかは、アメリカで南北戦争が起きた際の憲法解釈をめぐる論争と同じですね。あの時も、南部諸州に連邦を離脱する権利があるかどうかが問題になり、南部が離脱を強行したため戦争になりました。

佐藤 同じ展開ですね。

阿川 結局北軍が勝利したので離脱の権限はないというリンカーン大統領の主張が通り、合衆国は相当強引な形で真の統一国家になりました。

佐藤 それが一般には、民主的な大統領の象徴として捉えられている。

阿川 アメリカが不思議なのは、中央政府になるだけ権限を与えないようにしていながら、いざとなれば大統領がほぼ何でもできることです。国の分裂を防ぐために自分がやることは全て合憲と言い切ったのは、リンカーンです。トランプ大統領が「憲法上俺は何でもできる」と言ったのを皆でバカにしましたが、根拠が皆無というわけではありません(笑)。

佐藤 確かにアメリカの大統領の権限は強大です。それはどんどん強くなっていませんか。

阿川 憲法には大統領の権限範囲について、あまり多く書かれていません。予測できない国家の緊急事態に対処する大統領の手を、あらかじめ縛るべきでないと制定者は考えました。しかし、これは大統領の権力濫用にもつながりかねない。ですから平時には議会や裁判所、そして州が、自分たちの権限を行使して抑止するわけですね。戦争権限を議会にも与えるなど、大統領権限抑制の仕組みも、憲法にあります。ただ佐藤さんのご指摘のように、大統領権限がますます強くなる今日、それで十分かどうか、今盛んに論じられています。

佐藤 つまりアメリカでは三権分立だけでなく、各州と大統領も常に抑制しあう関係になっている。

阿川 その通りです。その根底にあるのが中央分権という考え方で、中央政府は必要だけれども、権限はできるだけ限定的に与えて濫用を防ごうとしたのです。

佐藤 阿川先生の近著『どのアメリカ?』(ミネルヴァ書房)には、第4代マディソン大統領の「野望には野望で対抗させなければならない」という言葉が紹介してありました。

阿川 個人や政府の特定部門に権力が集中して、圧政に走るのを防ぐにはどうしたらいいか。最大の保障は政府の権力を行政・立法・司法の3部門に配分し、「各部門を運営する者に、他部門よりの侵害に対して抵抗するのに必要な憲法上の手段と、個人的な動機を与えること」だと、憲法案起草者の一人であったマディソンは述べました。人間には皆野心がある。野心と野心をぶつけ合わせて権力の濫用を防ぎ、それによって人々の自由を担保する。とても現実的な考え方だと思います。

佐藤 要職の任期が違うのも、権力分散の一つですね。

阿川 大統領は4年、上院議員は6年、下院は2年で、最高裁判事は終身です。交代の時期をずらすことによって、権力のバランスを保ち、固定化を防ぐわけです。

次ページ:絶望のないアメリカ

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。