分断されても分裂はしないアメリカを解剖する――阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授) 【佐藤優の頂上対決】

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「中央分権」の国

佐藤 そのアメリカ社会を制度の面から見てこられたのが、阿川先生のご研究です。

阿川 多様でバラバラな社会に、最低限のまとまりを与えているのは、アメリカ合衆国憲法です。読むとわかるのは、ステート(州)は主権を有するステート(国家)なんですね。アメリカでは連邦も主権国家ですから、何か問題があると、州と連邦、どちらの法律を当てはめるかが議論になる。20世紀後半には連邦の力が飛躍的に拡大しましたが、それでもいまだに両者間に緊張がある。

佐藤 それぞれの州には大きな権限がありますね。州によって殺人が死刑になるところもあれば、終身刑のところもある。

阿川 トランプ政権の4年間を通じて、大統領の政策の違憲性・違法性を訴訟で主張し続けたのは、民主党系の州の司法長官たちでした。

佐藤 アメリカ社会では裁判所が大きなウエイトを占めています。

阿川 アメリカの田舎に行くと、一番目立つ建物は裁判所です。日本なら町役場や市役所がある中心部に、1700年代、1800年代に建てられた古い裁判所の建物がある。

佐藤 ミッキーさんの本にも出てきましたね。テネシー州の田舎の裁判所に行くと、そこが市役所、音楽堂、税務署、古物屋を兼ねている。

阿川 そもそもアメリカ合衆国は後からできたものです。ヨーロッパから船でやってきて、コミュニティを作り、何か決定しなくてはならない時はみんなで集まって決め、揉め事があれば裁判所で解決した。

佐藤 まず国があったわけではない。

阿川 13の植民地が英国と戦ってそれぞれ独立したものの、バラバラなままでは欧州列強に対抗できないので、新しい中央政府を作ろうとします。そこで13州の代表が集まって合衆国憲法を起草しますが、多くの州から、俺たちの独立を侵すのかと憲法制定に反対する声が出てくる。

佐藤 最初から、ステートとフェデレーションの対立があったわけですね。

阿川 はい。ただそうはいっても、軍事や安全保障、通貨・通商政策など、共通の問題は一緒に対処した方がいい。そこで反対派を説得するために、憲法に明記していない権限は、すべて州が保持すると定めた。

佐藤 まずは州ありき、なのですね。

阿川 コロナの感染拡大がニューヨークで激しくなった時、トランプ大統領が他州からニューヨーク州への移動を制限する大統領令を出そうとしました。ところが同州のクオモ知事は「我々に宣戦布告をするつもりか」と恫喝したんです。

佐藤 その感覚は日本ではわからないでしょう。

阿川 コロナは、日本なら一義的に厚生労働省の管轄で、アメリカにもCDC(疾病予防管理センター)を含む連邦保健福祉省がありますが、州内の感染は第一義的に州に管轄権があるようです。

佐藤 そこには、入植以来の州の独立と個人の自由を尊重する考え方が反映されているわけですね。

阿川 基本的に「中央分権」なのです。国が地方に権限委譲する地方分権の日本とはまったく逆の発想です。政府より前にコミュニティがあり、コミュニティが行使していた権限の一部をまず州へ、そして別の一部を中央政府に与える形で、アメリカは成り立っている。

佐藤 国ができる前に自分たちで公の仕事を分担してきた自負もあるでしょうね。

阿川 アメリカでは、陪審制度、教育委員会制度、徴兵制など、公の仕事を官に全て任せず、自発的に、あるいは義務として民が行う仕組みが発達しています。

佐藤 ただ、ワクチン接種はかなり面倒なことになっていますね。ワクチンは生物兵器だとかゾンビ化するとか、荒唐無稽な話や陰謀論もありますから、日本より大変です。

阿川 そうした人たちの主張に反論しながら、接種をしない個人の自由と、接種を強制する公共の利益の境を、憲法と法律の枠内でとことん争うのがアメリカなんですよ。

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