京大出身で三段跳び金メダル「田島直人」 独特すぎた“文武両道”の練習方法とは?(小林信也)

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オリンピック・オーク

 ベルリン五輪といえば、アドルフ・ヒトラーがナチス・ドイツのプロパガンダに利用した「悪名高きオリンピック」とも呼ばれる。だが、戦争の暗雲が世界を覆い始めていた厳しい時期に開催されたその大会が、いまも受け継がれる「オリンピックの新たな伝統」を生み出した大会であることも認められている。聖火リレーも初めて行われた。女性監督レニ・リーフェンシュタールに任され、初めて製作された公式記録映画も、印象的で美的な映像表現で世界に衝撃を与えた。

 そしてもう一つ、ひそやかなレガシーを遺している。

 ベルリン五輪の金メダリストには、金メダルと共に「オリンピック・オーク」と呼ばれるドイツ柏の苗木が贈られた。この時に覇者たちが植樹したドイツ柏が世界に10本以上残るという。そのうち1本が京都大学の構内にあった。田島が持ち帰ったものだ。入国時の検疫で根に付いた土を洗い流された苗木は元気を失いかけたが、何とか根付いた。

 田島の生前、この樹はほとんど忘れ去られていた。死後、ようやく柵が巡らされ、碑が建てられた。残念ながら2008年に枯れてしまったが、幸いにもこの樹の実(ドングリ)から苗を育て、子孫を日本中に植樹する運動が行われていたおかげで、その子どもたちが全国で育っている。『栄光の樹』の著者であり、植樹を推進する会の代表を務める小山尚元が教えてくれた。

「日本のドングリと違って、ドイツ柏の実は硬く、そのまま土に植えても発芽しません。1週間ほど水に浸し、皮をやわらかくして植えると半分程度が発芽します。発芽には半年かかります」

 小山らは、新国立競技場の一角にオリンピック・オークを植えてほしいと請願し、承諾を得た。小山が育てた高さ2メートルほどの苗木は、五輪期間中は鉢植えにして入場ゲート脇に展示された。閉幕後、周辺の車路を緑地に替える時、相応しい場所に植えられる予定だという。

 新国立競技場でオリンピック・オークを目にするたびに、「金メダルを獲るためにドイツ語をマスターした」田島直人の生き方、考え方を思い起こせたら、それも貴重な五輪のレガシーではないだろうか。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年10月14日号掲載

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