アスリートに一歩でも近づくために 「人前であがらない秘訣」を伝授

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鋼のメンタルとは

 日本人アスリートの健闘、奮闘ぶりを見ていて、こんな風に感心したことはないだろうか。

「よくあんな大舞台で堂々としていられるものだ」

 私たち一般人は、ちょっとしたことでも緊張して、あがってしまう。オリンピックの大舞台どころか、結婚式披露宴のスピーチ程度でも緊張するのが普通だ。十代の選手があんなに立派に振る舞っているのに(インタビューでも素晴らしい受け答えを見せているのに)、中年になるまで俺は一体何をしていたのか――そのようにわが身を振り返る人もいるのではないだろうか。

 なぜ私たちは人前であがってしまうのか。メダリストの足元にも及ばないにしても、どうすれば人前でもう少し落ち着いていられるのか。

 常々、神経の太さを指摘される作家の百田尚樹氏は、新刊『鋼(はがね)のメンタル』の中で、「なぜ人前であがるのか?」と題して、人があがる心理を分析し、その解消法をアドバイスしている。以下、同書より抜粋して引用してみよう。

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ええかっこしい

 あがる原因は至極単純なことです。

「人にかっこよく思われたい!」――それだけです。

 自分はあがるけれども、そんなことはまったく思っていない、と言うあなた、それは嘘です。

 あがるのは「人に良く思われたい」「称賛を浴びたい」「上手にこなしたい」という思いがあるからです。

 身も蓋もない言い方をすれば、「ええかっこしい」なのです。

 要するに「人にどう思われるか」という自意識が強すぎるのです。

 自分と他者とを明確に分けて比較する関係と見做しているからです。だから、自意識が芽生えていない幼児には、あがるという症状はありません。もうひとつ、プライドが異常に高いのも原因のひとつです。「素晴らしい自分を見せたい」「高く評価されたい」という気持ちが強すぎて、それが失敗に終わる恐怖と不安が大きく膨らむのです。

 不思議なのは、そういう人はふだんの生活ではまったくそんなふうに見えないことです。どちらかといえば、目立たない、積極的に前に出ない、おとなしいタイプの人が多いようです。

 ですから、私はそういう人が人前であがっているのを見ると、「ああ、この人はふだんはおとなしくて目立たないけど、本当はすごくプライドが高くて、目立ちたくてたまらなかった人なんだな」と思います。意外なところで、その人の本当の姿が見られるのは面白いものです。

期待なんかされていないと思おう

 私は目立ちたがりを批判しているのではありません。なぜなら、私も人一倍目立ちたがりだからです。ただ私の場合は、講演で喋る時も、スピーチする時も、テレビ出演する時も、まったくあがりません。その差はなんだ? と訊かれれば、「場数」と答えます。それから、話すテクニックです。

 人前で面白く話すのに、人間性は関係ありません。必要なのは、ただ喋りのテクニックです。ですから、そういう場数を踏んでいなくてテクニックも磨いていない人が、人前で皆を惹きつける面白いスピーチができるはずがないのです。少し強引な喩えですが、落語のネタは熟知していても練習したことのない人が、いきなり人前で演じても笑いを取ることができないのと同じです。

 だから、スピーチは「上手に」「恰好よく」「スマートに」やる必要はないのです。それにあなたが思っているほど、他人はあなたのスピーチに期待してはいません。面白くて素晴らしい話が聞けると、胸を膨らませてわくわくはしていません。

 スポーツの試合や演奏の発表会も同じです。あなたはマイケル・ジョーダンでも錦織圭でもありません。またマルタ・アルゲリッチでも五嶋みどりでもありません。聴衆はあなたのプレイに最高レベルのパフォーマンスを期待してはいません。

「下手くそだけど、自分のできる限りのものをやろう」と思えばいいのです。

 要するに、あがる人は「実は自分はええかっこしいだったのだ」と気付くだけで、かなり楽になると思います。

第一声はゆっくりと

 でも最後に、人前で喋る時にあがる人のためのちょっとしたテクニックをお教えしましょう。

 それは壇上に上がった時、あるいはマイクを握った時に、慌てて喋り出さないことです。第一声を発する前に聴衆の顔をゆっくり見て、にっこりと笑ってみてください。それだけで聴衆の空気が変わります。

 実は意外に皆気が付いていないのですが、大勢の前で誰かが喋る時は、聴衆もわずかに緊張しているのです。演者の緊張は聴衆の緊張を増すものがあります。そしてそれはまた演者にも跳ね返ってきます。

 でも演者の笑顔はその緊張を解きます。そうすると演者も落ち着くことが出来ます。あとは恰好よく喋ろうとは思わないで、伝えたいことを誠実に真面目に話せばいいのです。

 それから、大切なのは「間」です。人前で喋り慣れていない人は、「沈黙」を恐れます。それで切れ目なく喋ってしまうのです。私は講演でもスピーチでも早口で速射砲のように喋りますが、実は「間」を非常に大事にしています。

 早口であるほど「間」が大事なのです。他にも細かいテクニックはいくつもありますが、ここでは省きます。

 でもそんな小手先のテクニックよりも、「どうせ、そんなに上手くは喋れない」から「いい恰好をするのはやめよう」と気持ちを切り替えることが、あがるのを防ぐ何よりの方法です。

 実は、それこそが本当の「強い心」なのです。

デイリー新潮編集部

2016年8月16日掲載

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