知られざる「マルチビジネス」の世界 経験者が語る「月収150万円」と「借金700万円」の生活

エンタメ 2021年08月16日

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 知人から久々に連絡があったと思ったら、“面白い話があるんだけれど聞いてみない?”なんて怪しいお誘い――。その名を聞いたことはあるものの、実態はよく分からない「マルチ商法」の世界。作家の西尾潤氏は、かつてマルチビジネスで月収150万円を稼いだ経験から、小説『マルチの子』(徳間書店)をこのたび上梓した。流通アナリストの渡辺広明氏が、西尾氏からマルチビジネスを学んだ。

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 マルチ商法は「ネットワークビジネス」あるいは「マルチレベルマーケティング」とも呼ばれる。法律上の名称は「連鎖販売取引」といい、会員が新規会員を誘ってモノやサービスを販売し、その新規会員がまた別の人間を勧誘して販売することができれば、もとの会員にも数パーセントのインセンティブが入る……というのが基本的な仕組みだ。しばしば「ねずみ講」とも混同されるが、こちらは金品の受け渡しを目的とするもので、違法である。商品の売買を目的とするマルチ取引とは異なるらしい。

 西尾さんは、ヘアメイクの傍ら小説も執筆するという、ユニークな活動をしている方である。彼女がマルチビジネスに携わったのは、二十代前半のころ。著書『マルチの子』では、マルチ取引の世界で頭角を現し、“出世”していく様子が描かれているが、これは西尾さんの経験に基づく要素が大きいようだ。

「マルチビジネスで最初に扱った商材は、自宅に取り付けられるジャグジー風呂の機械でした。20万円でお釣りが来ていたので、1台16~17万円くらいだったと思います。当時、いわゆるファッションビルが建ち始めていた時期で、百貨店系のクレジットカードが色々と誕生していたんです。ローンを通らない人でも、クレジットカードのキャッシング機能があれば大丈夫、という話を仲間としたのを憶えています。もともとはバイト先の知人に『すごい話があるんだよ』と誘われて始めたのですが、この会社はすぐに潰れてしまい、つぎはシャワートイレなどを扱うビジネス、その次は浄水器や化粧品と移り、計3社でマルチビジネスをやっていました」(西尾さん)

 かくいう私も、いまから30年以上前、静岡から上京したばかり大学生の頃にマルチから誘われたことがある。そのときの商材は食器用洗剤だったと記憶している。当時はマルチなど分かっておらず話はきいたものの、そもそも洗剤を身近に使うような生活ではなく、ビジネスといわれてもピンとこなかったため、誘いは断った。「面白い話があるんだけど」と、マルチとは隠して勧誘してくることにも、ズルさを感じた。

 仮に誘いに乗っていた場合、どうなっていたのだろう。マルチのグループは、傘下のメンバーが増えれば増えるほど、元の会員の収入が増える仕組みだそうだ。西尾さんが参加していた会社のひとつを例にとると、新規参加の会員が新たに誰かを誘った場合、1人目の売上は自身の成績にならないものの、2人目の売り上げのうち10%が収入になる。そして5人目からは25%だ。仮に10万円の商品を扱うならば、5人勧誘して5万5000円(1万円×3人+25000円)という計算になる。

 ここでいう「子」会員はフロントと呼ばれる。さらにその子会員が勧誘してきた「孫」会員はセカンド……という風に階層になっているらしい。5人目以降のセカンドがまた勧誘に成功すれば、その25%が、やはりフロントにも入る。基本的な仕組みは、当時も今も同じはずだ。

「いまはもうマルチに関わってはいないものの、最近も何度か誘われてはいるんです。サプリメントとか、水素水とか……。『マルチの子』では、マットレスの販売をしていた主人公が、途中で仮想通貨ビジネスに鞍替えをします。執筆中には実際に仮想通貨にも誘われて、なかば答え合わせ的に話を聞きにいきました。勧誘してきた方は40歳くらいだったと思いますが、これでマルチ20社目だといっていましたね」

 時代時代にあわせ、取り扱う商材も変わるということである。コロナ禍の昨年あたりだったら、除菌関連商品なども、マルチの商材になったのではないだろうか。その点、西尾さんがいう「ジャグジー風呂」と「サプリメント」は、マルチにし易い商材といえるだろう。前者は、風呂に“泡”が出るという分かりやすい効果があるし、反対にサプリは短期的には効果が分かりにくくても、だからこそ「良いもの」「効く」といわれればそんな気がしてくる。リピーターも見込める。これが例えば食品となると、美味しいやまずい、高いが分かりやすすぎ、マルチとしては扱いにくいのではないだろうか。

 西尾さんは仮想通貨に勧誘されたそうだが、当時と今とで、違いはあったのだろうか。

「スポンサリング(勧誘)のやり方は、今も昔も基本的には変わりませんね。資料を見せて、ビジネスを説明して……。ただ“演出”の仕方は今の方がちゃんとしています。昔は紙のパンフレットを使っていましたが、今はプロジェクターを使ったり、『今の仮想通貨の値動きは…』といいながら、PCの画面を切り替えていました。デジタルになったことで、マニュアル化が進んでいるともいえるのでしょう。今は直接会わずに、ネットワーク上で知り合った人に対し、ダイレクトメッセージを通じて勧誘することもあるみたいです」

 いわばマルチにおける成功者だった西尾さんだが、当時も“騙して儲けてやろう”という気持ちはなかったというのが興味深い。勧誘することで自身が利益を得るにせよ、あくまで魅力的なビジネスを教えてあげたい、それで本人がやりたいのならば入会してもらえれば……という考えだったそうだ。毎日勧誘活動に勤しんだ結果、西尾さんは最高で月収150万円を得るまでになった。根のように増えた傘下は800人。だが一方で、借金も700万円を抱えていた。

「マルチをしていた2年半は昼の仕事をせず、それ一本でした。私のいた会社は、成績に応じて会員のランクがあり、ランクが上がればボーナスが出て実入りがよくなる仕組がありました。今月はあとひとつ売り上げが立てば昇格、というときには、借金をして買い込みをするんです。そうした借金が膨らんでしまった。それと、補正下着やリゾート会員権など、他の人がやっているマルチビジネスに、いわばお付き合いとして参加したのも、借金が嵩んだ原因でした」

 西尾さんがまさにそうだったように、ランク制で階層を細かくにする事によって、昇格への意欲で売上アップさせるという戦略が運営側にはあるのだろう。マルチの世界で活躍する人たちに対する疑問に、「家族から反対されたり、世間からの批判を耳にする機会もあったはず。それでも、皆、マルチビジネスをやめないものなのか」というものがある。その点も、ランクで切磋琢磨するコミュニティの呪縛が、理由になるようだ。

「お金が必要だったり等の入り口は様々なんですが、マルチが続く条件というのはひとつあると思っています。それは“仲間”です。同じ熱量でビジネスをしている人とはセミナーで朝から晩まで一緒にいますし、それに、外から批判が聞こえてくれば、それだけ結束が固まる。それと“一貫性の法則”、いちど決めたことは達成したいという意志に突き動かされていましたね。私の場合、上位会員を目指すときめたら、あとは一心不乱なんです。『マルチの子』の主人公は、これに加えて承認欲求も糧になっていました」

「マルチ専門誌」も…

 「ジャグジー風呂の機械」は16~17万円だったが、 商品開発に携わった立場の私からすると、会員の“儲け”が反映されて、結果的に割高な商品にならざるを得ないのが、マルチ取引の気になる点である。頑張れば頑張っただけ儲かる仕組みは分からなくもないが、商取引の健全な形とはいえない。

「勧誘時には、商品の原価率の話もしました。たとえば、『この商品は原価率20%なんです』『本来であれば残り80%のうちの何%は販売代理店に入りますが、このビジネスでは私たち自身が代理店になるので、その分儲けも大きいんです』というわけです」

 とはいえ、もともとの販売価格設定が高いから、“残る80%”を分配するビジネスが成り立つわけだ。風呂の機械にしろ、サプリにしろ、基本的にはマルチビジネスの運営企業がゼロからそれらを製造しているわけではない。受託製造を受けるOEMメーカーがあるわけで、そうしたOEMメーカーは別のところで同様の商品をもっと安く売っている場合が多いはずだ。だからこういったことに気づかない情報弱者を相手にした商売の印象が、どうしてもぬぐえないのだ。

「一方で、ネットワークビジネスがひとつの業界として確立されている部分もあるんです。著書の参考資料にもさせてもらったんですが、『月刊ネットワークビジネス』(サクセスマーケティング社)という専門誌まであります。いろいろなビジネスを取り上げ、傘下の子のメンタルのケアの仕方を紹介したり、各社が開くコンベンション(集会)の日程を一覧にしていたり、海外の事情を特集したり。化粧品商材の売上高ランキングも紹介していました」

 独立行政法人「国民生活センター」のデータによると、2020年からの過去4年間で、毎年およそ1万件のマルチに関する相談が寄せられている。コロナで社会経済が不安定であり、また副業が一般的になっている現在、ひょっとするとマルチビジネスをやってみたい、という需要はあるのかもしれない。

「若い方と話していると、超有名なマルチビジネスの企業の名前も知りませんし、そもそもマルチというものの存在すら知らないことに驚かされます。あまり取り扱われないテーマではありますが、そういう人たちに、まず私の作品を通じて、存在を知ってもらいたいという気持ちはありますね。実際にマルチビジネスに参入するかどうかは、あとはおのおのの自由です」

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