訪問看護師たちは尊敬できるプロばかりだった──在宅で妻を介護するということ(第6回)

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どこまで行っても家は家

「在宅」のキーパーソンは間違いなく訪問看護師だ。月に1度の医師よりもずっと接点が多いし、家族と同じような気持ちになって本人のことを心配してくれる。私の「在宅」の最初の3カ月間も彼女たちの支えが大きかったと思う。ウチのように夫婦2人きりの場合、「自分にもしものことがあったらどうしよう」というプレッシャーをつねに感じていたが、「ひとりで看ているんじゃない、みんなで分担して看ているんだ」と、重圧が分散される気持ちになれたことがいちばんありがたかった。

 ある日の午後、ピンポンとインターホンが鳴った。この時間に来るのは訪問看護に決まっているので、モニターを確認することなくドアを開けると、なんと長身の若い男性が立っていた。何かの間違いかと思ったが、「医療法人社団〇〇会」の刺繍が入った制服を着ているので看護師さんに間違いない。看護師=女性、訪問看護となればなおさら女性と思い込んでいた私は、想定外の出来事にドアノブを握ったまま一瞬固まってしまった。「普通の診察ならかまわない。しかし、女房の陰部洗浄をこの男にさせたくはない」という気持ちが突然湧いてきたのである。

 自分でも意外で、気づいたことのない感情だった。病床の妻は60歳を超えている。相手は国家資格を持つ看護師である。おむつ交換をしてどこがおかしいのか。変に意識している自分の方がよっぽどおかしいと思い直した。

 夫婦生活の記憶すらなくなりかけているのに、まさか嫉妬ではあるまい。大人げないと思い直して彼を招き入れようとしたがやはりダメで、結局、「申し訳ない。男性はちょっと…」と頭を下げた。彼も私の狼狽ぶりから察したのか、「いや、全然かまいませんよ」とケータイをとり、女性看護師を手配してくれたのだった。

 以来、わが家に男性看護師が来ることはなくなったが、この男性看護師拒否事件は自分の中で結構尾を引いた。

 入院中のある会社役員が、医師を含め男性には絶対座薬を入れさせなかったという話を聞いたことがある。私の場合も、下半身を晒さねばならないなら女性がいい。男性にされるのは屈辱以外の何者でもない。ならば、女房も異性で問題ないのではないか。看護師は基本的に女性の職業だから我慢しているが、本当は同性より異性のほうがいいのではなどと、その晩はしょうもないことをずっと考えてしまった。

 私のようなケースは他にあるのかどうか聞いてみたいのだが、なぜかこわくて今も聞けないでいる。ただ、これだけは言える。病院や施設に預けていたなら、目の前でイケメンの男性看護師がおむつ交換をしても、「最近は男性看護師が増えたな」くらいで済んだろう。医療行為が行われても、「家」はどこまでいっても「家」なのである。

平尾俊郎:1952(昭和27)年横浜市生まれ。明治大学卒業。企業広報誌等の編集を経てフリーライターとして独立。著書に『二十年後 くらしの未来図』ほか。

2020年8月14日掲載

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