「中国発コロナ禍」を16年前から警告! 米大統領に届けられた「予言の書」

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気をつけろ、ついに来た

 元NIC議長としてハッチングスは、今般の新型コロナウイルスをどう思うだろう。

「パンデミックは事前に予測されるべきだったし、現に予測されていました。今回の流行自体は無理としても、昨年12月から今年1月、中国で感染が始まった時点で、それがもたらす結果を察知できた。気をつけろ、ついに来たとね。ウイルスの正体は謎だが、それがどうやって感染するかは分かってたんだから。すぐに政府高官によるタスクフォースを置き、必要な準備を始めるべきでした。検査キットや人工呼吸器が足りているのかの確認もね」

 では、今回の大流行を防げなかったのは情報機関の失態ではない、と。

「断じて違う! わが国のインテリジェンス・コミュニティは少なくとも15年間、それも繰り返し、新たなパンデミックを警告してきた。それは称賛されこそすれ、批判される謂れはない。非難されるべきは、それを政策に生かそうとしなかった米国政府でしょう」

 そのトランプ大統領は、武漢のウイルス研究所が発生源として中国批判を強めている。そして中国では外務省報道官がツイッターで、ウイルスは米軍が持ち込んだのかもと書き込み、もはや泥仕合となっている。今秋の米大統領選挙や中国共産党の権威維持の思惑があるだろうが、現時点で真偽は分からない。ただ一つ、はっきり言えるのは、今まで中国は新型ウイルスの発生地だったし、今後もそうであろうという現実だ。一例を挙げる。

 2005年の春、中国青海省の青海湖で数千羽の渡り鳥が死ぬ出来事があった。ここは東南アジアやシベリアに向かう渡り鳥の繁殖地で、その死骸から鳥インフルエンザのH5N1型が検出されたと知った専門家たちに戦慄が走った。

 鳥インフルエンザは突然変異して人間に感染するウイルスになりうるし、そうなれば世界的な大流行につながる。直ちに家畜の移動制限が取られたが、夏から秋にかけロシアやモンゴル、欧州でも感染した鳥が見つかる。ただ厄介なのは、アジアでは庭先で鶏を飼うような零細農家が多く、収入減を恐れて病気を報告しない例もあることだった。

 そして、この時も中国政府は、また彼ららしい反応を見せた。青海湖の鳥を調査した香港の研究者の論文を誇張と非難し、死骸のサンプルを国家機密扱いした。その上、ウイルスは海外から渡り鳥と共にやって来たと主張する始末で、これではパンデミックの阻止どころか治療薬の開発もできない。

 このように、いつ中国から感染症が広がってもおかしくない状態が、過去十数年続いていた。それを警告したのがNICのグローバル・トレンド報告で、現在はウェブサイト上でも閲覧できる。

 100年前のスペイン風邪がそうだったように、新型コロナウイルスもいずれ、それもあっけなく姿を消すはずだ。だが、今後も中国を発生地とする感染症は現れる。それに備えて米国や日本など各国は、情報公開を強く迫り続けるべきだろう。ウイルスにとっては人種や国籍も、資本主義者も共産主義者も関係ないのだ。

 そしてCIAなど情報機関は今後、中国の野生動物の市場や、養鶏、養豚農家への監視を強めるだろう。現地の衛生状態は適切かどうか、不審な動物の死骸は見つかってないか、新たなウイルス発生を政府は隠していないか、これらは全て安全保障に直結する。別に軍艦やミサイルだけが脅威ではない。

 この意味で、ポストコロナの時代は、インテリジェンスの世界を一変させる可能性も秘めている。

徳本栄一郎(とくもとえいいちろう)
ジャーナリスト。英国ロイター通信特派員を経て、ジャーナリストとして活躍。国際政治・経済を主なテーマに取材活動を続けている。ノンフィクションの著書に『角栄失脚 歪められた真実』(光文社)、『1945 日本占領』(新潮社)、小説に『臨界』(新潮社)等がある。

週刊新潮 2020年6月25日号掲載

特集「『中国発コロナ禍』を16年前から警告! 米大統領に届けられた『予言の書』」より

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