「中国発コロナ禍」を16年前から警告! 米大統領に届けられた「予言の書」

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背景にSARS

 そのきっかけが未知のウイルスによるパンデミックだったのだが、まさに想定した2020年にそれが的中した。一体、彼らはどうやって、どんな根拠で予測を的中させたのか。報告をまとめたのは、当時のNIC議長でプリンストン大学教授のロバート・ハッチングスだが、国際電話とメールで本人に訊いてみた。

「元々、グローバル・トレンド報告は軍事計画者向けに、今後15年から20年に米国が直面するであろう課題を扱っていたんです。私が議長に就いたのは2003年初めですが、このプロジェクトに世界中からさまざまな専門家を参加させました。毎回、会議に20名から40名はいたでしょうか。また単に情勢を分析するのではなく、将来考えられる事態のシナリオを示したんです。あの頃はグローバル化が流行して、それは有益で永遠に続くものとされました。それに対して私たちは、その正と負の両面を取り上げようとした。また当時は米国の一極支配とされてましたが、それが他国の隆盛で取って代わられうることも示しました」

 こうしてNICはハッチングスの下、2003年から翌年にかけ米国内や海外で会合を重ねたのだが、面白いのは、それがちょうど日本の小泉政権の時期と重なっている点だ。

 あの頃、わが国では「市場原理」、「官から民へ」といった掛け声が溢れ、米国帰りの学者や経営者がグローバル化の宣教師のようにふるまっていた。彼らをアドバイザーに重用した政権は、郵政民営化や規制緩和など「聖域なき構造改革」を推し進める。それに疑問を呈し、反旗を掲げた者は「抵抗勢力」のレッテルを貼られ、世間の猛烈なバッシングに晒された。

 皮肉にもまさに同時期、米情報機関コミュニティは、グローバル化にも負の面があり、いつ流れが止まるかもしれない、そのきっかけはパンデミックと分析したのだった。ただ目先の流行に乗っかる者と、地平線の向こうを見つめる者の違いとでも言おうか。ハッチングスの言葉を続ける。

「あの分析は各地で開いた専門家会合の中で出たはずです。背景にあったのは間違いなく、その前に中国で発生したSARSでしょう。あの時、すでに医療や科学の専門家は(未知の感染症の)危険をよく承知してましたから」

 SARS(重症急性呼吸器症候群)はコロナウイルスが引き起こす呼吸器疾患で、2002年11月、中国南部の広東省から「原因不明の急性肺炎」として発生した。その後、香港などから旅行者を通じて各国に広がり、翌年にはWHO(世界保健機関)が中国への渡航延期を勧告する事態になった。

 この間、WHOの調査団が北京市内の病院を訪ねたが、感染者30人以上が救急車に乗せられ、調査が終わるまで市内を走り回ったとの告発が米国の週刊誌に寄せられる。中国政府は意図的に感染者を少なく発表し、隠蔽しているとの批判が起きる一幕もあった。

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