杉山剛士(武蔵高等学校中学校校長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

ビジネス 週刊新潮 2020年6月11日号掲載

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人間への信頼を培う

佐藤 杉山先生は昨年の武蔵の入学式で、恵まれた環境にいることへの感謝と自覚を持つよう、強調されていました。私はこれを聞いて、浦高での経験が背景にあるのではないかと思いました。

杉山 確かにありますね。

佐藤 浦高生が恵まれていないわけではありませんが、どの年でも住民税免除家庭の生徒たちが4%くらいいます。数にすると十数人です。これは武蔵にも開成にも麻布にもまずない状況ですよね。

杉山 そうですね。だから浦和で「将来何をやるのか」と聞くと、「世界のどこかを支えるんだ」という話をする生徒が結構いましたね。そういう意識は、やっぱり中学や高校で、ある種いろんな友達関係の中で育ったことから芽生えてくる。

佐藤 最近出た平田オリザ氏の『22世紀を見る君たちへ』を読むと、彼が住んでいた東大駒場キャンパス近くの小学校からは、大半が中高一貫校に進み、地域の公立中学に進むのは4割くらいとあります。地元に残るのは、中高一貫校に落ちた子供か、経済的な理由などを抱える子供で、だから公立中学の難しさを指摘しているのですが、逆に言うとそうした現状があるわけです。だから武蔵の生徒が、恵まれた環境にあることにギルティ・コンシャス(罪悪感)を感じることはない。恵まれていても、新聞を読んだり、書物に触れたり、人の話を聞いたりして、そこに思いを馳せることはできます。

杉山 まったくその通りですね。

佐藤 武蔵の卒業生に、湯浅誠さんがいますね。彼も武蔵から東大と、恵まれた環境の中で育ってきたけれど、一貫してそうではない世界に思いを馳せて活動している。彼は当初「年越し派遣村」の村長として注目されていました。だからその後は反体制運動のリーダーになっていくのかなと思っていたら、貧困問題を具体的に解決するには行政の中に仲間を作らなければいけないということで、非常に現実的な路線に転じていった。僕はここに武蔵らしさを感じます。

杉山 それはうれしい指摘ですね。武蔵らしさというのは、先ほど触れたように、独創性という部分と、もう一つ、柔軟性があります。彼はまさにそれを体現している感じですね。

佐藤 問題を解決するのに、人間同士、話し合えばきっとわかると考えて行動する。そんな、人間に対する根源的な信頼を感じます。それは武蔵の中で培われたものでしょうね。

杉山 人間への信頼を培うには、やはり10代の経験が大きいですよ。

佐藤 しかも武蔵は少人数制ですから、人間関係が濃くなる。

杉山 1クラス40人の4クラス編成で、毎年クラス替えがあります。私は武蔵に戻ってから、ここでの学びを「ワクワク・ワイワイ」と呼んでいます。「ワクワク」の元になる好奇心を刺激する仕掛けが、武蔵にはたくさんあります。川が流れる豊かな自然の中に校舎がありますし、理科・特別教室棟には地球の自転がわかる「フーコーの振り子」があり、実験室の前には岩石標本が並べられている。そうした環境の中で、少人数で「ワイワイ」やりながら、独創性と柔軟性を身につけていく。そこでさらに他者に対する想像力を持ち、痛みを想像できるようになれば、社会にとってほんとうに望まれる人間になるのではないかと思います。

佐藤 私の授業に集めていただいた生徒たちは、本をよく読む人たちでした。特に小説です。それは想像力を育む。彼らは日頃、図書館に出入りしている生徒なんじゃないかと思いました。

杉山 ここにはまず大学図書館に70万冊あって、高中図書館でも8万冊あります。両方が使えるのは、ほんとうに恵まれた環境です。

佐藤 書籍を通じた文化というのは、どこか旧制高校的ですよね。だから武蔵の教育はチャレンジングであるとともに、基礎となる「型」の部分がしっかりしている気がします。それは先生がいつも強調されている「守破離」の「守」でもある。

杉山 「守破離」は武道や芸道の言葉です。修業には、まず型を作り身につける「守」、次はその型を破って自分なりに挑戦していく「破」、そしてその型から離れ自分のやり方を生み出す「離」の3段階があります。私は教育にもこの3段階が必要だと思っています。

佐藤 デタラメな行動と型破りは違うということですね。ただの思いつきと、一度、型を身につけてから、それを壊すのとでは、物事への理解が全然違う。

杉山 一見、同じように見えても、大きな差がある。

佐藤 これはアメリカと日本のAO入試のレベルの差にも表れています。アメリカの大学には、学生の募集から選抜までの業務を専門に行うアドミッションズ・オフィスがあります。そこが成績や文化・スポーツ活動、ボランティア活動の情報を収集して検討しますから、デタラメを見抜けます。でも日本は大学教員が片手間にやっているから、デタラメが通ってしまう。また本気でAO対策を授けてくる予備校にも突破されてしまいます。

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