「東大行ったらどんなメリットがありますか?」に三浦瑠麗はどう答えるか

国内 社会 2020年5月17日掲載

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瑠麗さんに訊け――第1回(全5回)

 硬派の著書も多く、正式な肩書は「国際政治学者」。しかし多くの人にとって三浦瑠麗さんは、テレビでストレートに、時には冷徹に持論を述べる論客、というイメージが強いかもしれない。

 ファンはもちろんアンチにとってもその言動は気になるところのようでテレビでの発言は頻繁にネットニュースでも取り上げられている。

 そこで今回は、自身の考えや私生活での葛藤を綴った著書『私の考え』刊行記念ということで、いろいろな人からの質問をぶつけてみた。

 時あたかもコロナ真っ盛り。STAY HOMEの日々にモヤモヤが溜まっている人も多いはず。ふと立ち止まることが多い日々の中で、自分の来し方を振り返ったり、子供の未来に思いを馳せたり――そんなあれこれ、人生の悩みに「瑠麗姐さん」はどう答えるか。

 5回に亘ってお送りする「瑠麗さんに訊け」。

 1回目の今回は、「東京大学」と「バカの壁」に関する疑問を卒業生でもある彼女に答えてもらった。

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子供を東大などの名門大学に入れるメリットとは

Q:小学校4年生になる娘がいます。お友達の影響なのか、名門私立中学に行きたい、ゆくゆくは東大に行きたい、と塾にも通って勉強をがんばっているのですが、どうすれば東大入学に近づけるのでしょうか。親としては、学校や塾以外の勉強でも、いまやっておいた方がいいことがあるように思うのですが。それと、子供を東大などの名門大学に入れるメリットとは何でしょうか。
(40代・女性・総合職)

A:お友達と一緒の中学に行きたいというのは、子供にとってはとても大事なことかもしれないですね。

 子供の時って、がんばる対象がそんなに多様じゃない。ひとつわかりやすいのが受験勉強なんでしょう。一斉にスタートラインに並ばされて、いい順位を取ってくるっていうのは子供にとっての達成感だと思うんです。だから子供ががんばりたければとことんやらせてあげても。あとから応援してくれなかったと言われるのも、ね。

 ただ、何をしてあげても、お母さんはあれをしてくれなかった、これをしてくれなかった、って子供って必ず後から言うもんなんです。それは子供が自分自身を認めてあげられていないからなんでしょうね。終着点は、希望校の受験に受かることよりも、お子さんが自分を肯定できる人になること。

 東大での出会いで残っているのは少数だけれども、なかなか素敵な人たちがいましたね。入試については、わかりません。お金をたくさん遣って塾だ家庭教師だとやれば入れることもあるでしょう。ただ、それで失われる時間もあるし、偏ったコミュニティのなかだけの交友関係になるかもしれない。

 少なくとも、世の中にはいろんな人がいるんだってことはわかっていた方がいいんじゃないかな、と思います。

 でも、そんなことはもうお分かりですよね。むしろ、あなたのお悩みは、どうやって教育していけば、いまの幼いけれどもすんなりとした良さが失われずに、いい感じに賢く幅広い人間に育ってくれるのか、ということですね。これは難しい。

 ひとつだけ、アドバイスさせてください。子供の自己肯定感や能力を伸ばすための最良の方法は、子供に時間を遣ってたくさん会話してあげること、そして、親が結論を先に言わない、ということです。

 親の結論に誘導するための会話ではなくて、自分で考えさせる。

 あとは大丈夫。ああ、無駄に怒っちゃったな、とか、時間がなくて端折ったな、とか人生いろいろあります。私自身もけっこう子供を叱ります。例えば人を待たせているのに悠々としていたりするのを見るとイライラする。でも、そんなマイペースなところも、あとからは可愛いんですよね。

東大に入ったことが活きている人

Q:会社で見ていると、東大卒といってもさまざまだなあと思います。エリート風を吹かせながらも、確かに優秀な実績を上げる人もいれば、雰囲気だけはエリートだけれど、言っていることがめんどくさいばかりで成果を上げているとは思えないような人もいます。東大に入ったことが活きている人と無駄になっている人はどこが違うのでしょう。
(50代・男性・管理職)

A:卒業生は毎年何千人もいますから、それはいろいろな人がいますよね。

 東大に入ったことが活きている人というのは、やっぱり東大で出会えるネットワークで仕事をしている人たちなんでしょう。官僚とか、学者とか。でも、東大とは関係なく「その人が活きている」という人も世の中にはいるわけです。どこを卒業していようが、きっとこの人はいまここでいい仕事をしているんだろうなという人ですね。その場合、学歴は「後から」ついてくるわけです。

 だから、東大に入ったことが「無駄になっている人」と「活きている人」という対比は、どっかテレビ的な目線というか、そこじゃないんだよな、と思います。

 そもそもね、その人自身より、東大という看板の方が先に評価の対象として来てしまう人というのは、その人自身に個性が足りないんじゃないでしょうか。ホリエモンに向かって東大に入ったことが活きてるな、とか無駄になってるな、とか言わないでしょう。

 あなたはこれまでに東大卒の人に何度もカチンときたことがあるのかなと思いますが、その理由を無駄に「東大卒だから」と思ってしまっているのかもしれないですね。でも、カチンとくる人は、どこにでもいます(笑)。東大に限りません。

 ただ、あなたがカチンとくる理由を考えてみると――ある種の東大卒、つまり箱入りで育った人の欠点にカチンときてるんでしょうね。世間知らずと言えばいいのかな。その世間知らずさが許容されるためには、よっぽど優秀じゃなきゃだめだということなんでしょうね。

話が通じない人とどう接すれば?

Q:この間、わたしが悩んでいるのを気にした父に薦められて、養老孟司さんの『バカの壁』を読んだんです。まんまと上司を思い出しました。ほんとに話が通じないし、一方的に自分の考えを押しつけてくるんです。父は「気にすんな。そういうヤツもいるんだよ」とのんきですが、瑠麗さんは「この人とは話が通じない」とバカの壁を感じたことはありますか? それはどんな時でしょう。そういうときはどのように対処なさっていますか?
(20代・女性・OL)

A:話が通じない人は、たくさんいます。それこそ歩けば棒に当たる頻度で出くわすので、残念ですがそういう上司に当たってしまった以上は、迂回するかそこを逃れるかしかないですね。

 私自身は、SNSだとそんな人ばっかり目にしますが、日常生活ではそんなに多く出くわすわけではありません。そもそも、あ、無理だなと思ってから逃げだすまでの間がはやいのかな(笑)。ただ、人に話を聞いてもらうための努力は、これまですごくしてきたと思います。

 そういう努力を重ねても、それでも壁があるとすれば、それは相手の「偏見」にしか過ぎないので、コミュニケーションをシャットダウンしている相手に何を言っても無理。

 人に話を聞いてもらうための努力は私の仕事なのでやりますが、あなたのお仕事がコミュニケーターでないならば、それはそれで放棄なさってもいいんじゃないですか。

「話が通じないな」って思う人って、そもそも人の話を聞いていないじゃないですか。人の話を聞いてない人にまで話をしてあげる必要はないんじゃないかなって思います。上司だとめんどくさいですけど……そこから逃げられないんだったら、私なら周りの人に根回ししてあらかじめ世論を作っておきますかね。

 まずは、相手と相互理解に達することができるという幻想は捨てた方がいいと思います。相互理解というのは宝くじに当たるくらいに思っておいた方がいい。お、わかりあえる人がいた、うれしい、というのは滅多にないことである気がします。

 お父様の「気にすんな。そういうヤツもいるんだよ」という言葉はあまりに雑ですけれど(笑)、でも結論はそういうことですね。

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三浦瑠麗・著『私の考え』
「人生は一回限り。人間、迷ったら本音を言うしかない」――常に冷静に、建設的な議論を求めるスタンスで言論活動を続けてきた著者が、思うままに本音を語る。「“リベラル”にも女性憎悪は潜んでいる」「『性暴力疑惑』を報じる価値」「政治家が浮気してもいい」「怖がっているだけでは戦争はわからない」「恋は本当に美しいものだから」etc.政治について、孤独について、人生について、誠実に書きとめた思索の軌跡。

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三浦瑠麗(みうら・るり)
1980(昭和55)年神奈川県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。国際政治学者として各メディアで活躍する。株式会社山猫総合研究所代表。『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』など、著書多数

デイリー新潮編集部