杉山剛士(武蔵高等学校中学校校長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

ビジネス 週刊新潮 2020年6月11日号掲載

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「あと伸び」の教育

佐藤 私は毎年、同志社大学大学院神学研究科の授業を対面で5時間続けてやっていましたが、リモートだと3時間でクタクタになりますね。それと問題は、オンラインだと早く進みすぎてしまうことです。

杉山 相手の顔は見えても、やりとりがないですからね。

佐藤 画面に顔が映って、いわば顔を突き合わせながらやっていますから、密度は濃いんです。だから最初は調子がいいな、15コマくらいでやるところを3コマでできる、と思っていました。ところが一番優秀な女子学生からこう言われたんですね。「授業内容を消化できてはいるけれど、普段なら人のレポートを読んだり、家に持ち帰って考える時間がある。それがないままに進んでいくから取り残されたというか、置いていかれたような感じがする」と。これを聞いて反省し、解説を増やすなど、少し余裕を持たせるようにしました。

杉山 車のハンドルに「遊び」が必要なように、どこかに緩んだ部分や余白の部分がいるんですよね。

佐藤 それは絶対に必要ですね。詰め込むだけではどこかに歪みが出てきます。受験勉強でも、学校で課外活動もなく勉強でがんじがらめにしたり、超難関校に特化した予備校や進学塾に通って志望校に入った学生は、私が見るところ、伸びしろがないというか、限界がある感じがします。

杉山 その通りです。私たちは「あと伸び」と言っていますが、瞬間風速ではなくて、あとで伸びていく子供を育てることが大事だと考えています。だから武蔵は受験対策一辺倒ではなく、20年後、30年後の人づくりを念頭に置いた「人間教育」に重点を置いているんです。

佐藤 そこが武蔵のいいところですね。だいたい、偏差値が73、74の学校で勉強や成績を最優先にしてしまったら、みんな煮詰まってしまいますよ。同級生と叩き合っても絶対勝てない人が必ずいます。だからそれぞれの分野ごとに認め合って棲み分けをする必要がある。

杉山 そしてお互い刺激し合うということですね。それは前の浦和高校も同じでした。

佐藤 浦高と武蔵の生徒をご覧になって、両校にどんな共通点や相違点をお感じになりましたか。

杉山 やはり生徒の自主性、主体性を尊重して、自由に伸び伸びやらせるところは非常に似ていますね。

佐藤 どちらも大学に合格させるだけの受験刑務所ではない。

杉山 そうですね。もちろん個性の違いはあって、浦和はちょっと体育会系です。

佐藤 ちょっとじゃなくて、かなり、ではありませんか(笑)。霞が関の官僚で作る麗和会という浦高同窓会がありますが、彼らに「浦高で何を学んだ?」と聞けば、だいたい「体力です。体力だけは自信がつきました」と言いますよ。

杉山 そうですね。一方、武蔵はアカデミックな感じがあります。両校とも伝統行事として「強歩大会」が有名ですよね。浦和は、学校の門から茨城県の古河まで、50キロを7時間で歩く。1時間に7キロ強ですから、歩いていたのでは時間内に到着しない。だから実質はマラソンです。生徒たちは「古河マラ」と呼んでいましたよね。最近の生徒は真面目だから、7~8割が時間内に達成しますが、それを3年間やる。

佐藤 強歩大会が終わった後の浦高生は、すぐわかります。筋肉痛やこむら返りが起きるから、大宮駅の階段の手すりにしがみついている。

杉山 武蔵にも「強歩大会」があります。こちらは、距離にすると20キロ~30キロですが、昨年は横浜、今年は埼玉と、毎年コースが違います。それを生徒が決めるんですね。強歩大会委員長に立候補して選任された生徒を中心にコースを決め、警察の許可を取り、国交省の公園事務所と調整するなど、運営も自分たちでやります。また、絶対に走らない。楽しみながら歩こうぜ、という感じです。

佐藤 武蔵生が独創的たるゆえんですね。

杉山 浦和はタフで優しい人間。人生、何があっても乗り越えて、そして人を思いやり、共感力がある。一方、武蔵はいろいろなアイデアを持ち、独創的で柔軟性があるという感じでしょうか。どちらも非常にいい学校です。

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