後継者「金与正」で金王朝は終焉する――李 相哲(龍谷大学教授)【佐藤優の頂上対決】

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後継者は妹・金与正

佐藤 今回、もう一つ注目されたのは、妹の金与正(キムヨジョン)でした。後継者説がずいぶん取り沙汰されました。

 昨年の終わり頃から、金与正が兄に代わって、内外の政治に関わっていることが確認されています。12月に「尊敬する金与正同志」と書かれた指示文書が出ていますが、「尊敬する」という敬称は、北朝鮮ではトップにしか使えません。そしてその文書を読むと、彼女は農業にも女性兵士の生活改善にも関わっていることがわかります。

佐藤 私は外務省時代、ロシアが収集する北朝鮮情報も担当していました。その頃、旧ソ連共産党中央委員会の朝鮮課長だったワジム・トカチェンコ氏から聞いたのですが、かつて金永南(キムヨンナム)外務大臣が訪露した際、北朝鮮大使館でレセプションがあったそうです。そこで彼に「ダラゴイ金永南同志」と言ったら、その場が凍りつき、彼も「国に帰れなくなる」と、ものすごい勢いで怒り出したそうです。ロシア語のダラゴイを直訳すると「尊敬する」ではなく「親愛なる」なんですけどね。

 それでも反逆罪に問われるかもしれない。

佐藤 李先生がご著作で触れられているロシアの極東連邦管区大統領全権代表だったコンスタンチン・プリコフスキーは、金正日を個人的によく知っています。彼の回想録には、政治的な資質があるのは金正恩と金与正だと、金正日が言っていたことが書かれていますね。

 実質的にいま金正恩の後継者は金与正しかいません。ただ彼女の権威はまだ非常に弱い。彼女には軍の経歴がまったくありません。

佐藤 金正恩もほとんどなかったわけですが、金正日が亡くなる前に大将になっている。

 大将になってから、軍事委員会の副委員長にも就任しています。北朝鮮の最高権力者は軍部の最高司令官も兼ねますが、果たして軍経験のない32歳の女性に、70代、80代の将軍たちが従うのか、という問題があります。そして何よりいまの権力序列では、金与正は30番以下です。その上に政治局委員が20名ほど、候補委員が10名以上います。

佐藤 彼女は候補委員になったところですからね。

 そこから政治局委員、常務委員になって最高権力者になるわけです。いくら北朝鮮でも、一足飛びに最高指導者になるわけにはいきません。

佐藤 いまは金正恩がいるから、権力を笠に着ることができる。

 また彼女が権力を受け継ぐには中国とロシアが認めるかもポイントになります。ロシアは北朝鮮をどう見ているんでしょうか。

佐藤 金正恩になって少しマシになりましたが、プーチンは金正日をとても嫌っていました。6カ国協議のロシア代表はアレクサンドル・ロシュコフで、私の友人です。彼が言うには、国家元首は騙さないのが古今東西のルールだけど、金正日は違った。彼は核開発について、やりたいけれども能力がないし貧しいからやれない、と言った。それをアメリカに話してくれ、と頼むので、プーチン大統領が伝えたら、それは嘘で、大恥をかかされたそうです。

 金正日はほんとうに狡猾な人で、北朝鮮は1980年代から一度たりとも核保有を諦めたことはありません。

佐藤 いまある核も絶対に手放しませんよ。リビアでは核放棄したら、カダフィ政権は崩壊してしまったし、かつて南アフリカが大きな影響力を持っていたのは核のおかげです。

 特に金正恩は絶対に放棄しません。彼の功績は、北朝鮮を核保有国にしたことです。核は彼が指導者たる資格や権威とつながっていますから、手放すはずがない。

佐藤 核があるから、外交関係もないのにトランプ大統領をシンガポールに呼び出すことができるし、板門店に駆けつけさせることができます。

 そもそも核を奪ったら、金正恩はただの36歳の青年ですよ。

佐藤 しかも生活習慣病をかなり抱えた不安定な指導者です。

 トランプが、核を捨てたら豊かな国になりますよ、と説得しようとしましたが、金正恩はそんなことは望んでいない。豊かになれば体制が崩壊します。かろうじていま体制維持ができているのは、移動を制限して、適当に飢えさせ、一部の人には特権を与えて人心をコントロールしているからです。

佐藤 私も、大量消費文明が入ってきたら金体制は崩壊すると思います。ソ連崩壊の一番の原因は、モノの流入を認めてしまったことです。かつてロシア共産党のイリイン第2書記は、ゴルバチョフは愚か者でブレジネフは頭がよかったと話してくれました。彼はサーティワン アイスクリームの話をするんです。モスクワには3種類のアイスしかなかったけども、サーティワンが入ってきて31種類になった。否、上に載せて2個にするなら31×31から900通り以上になる。すると人間はそれらをすべて食べたくなるんだと。ブレジネフは人間の欲望がいくらでも膨れ上がることに気がついていた。だから欲望を膨れ上がらせず、昨日より明日のほうが少しだけよくなるようにしていた、と分析していました。

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