後継者「金与正」で金王朝は終焉する――李 相哲(龍谷大学教授)【佐藤優の頂上対決】

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金正恩しか見ない韓国

 ただ北朝鮮で体制が少しずつ緩んできている兆候はあります。おっしゃるように社会主義国は配給によって豊かさを調整してきたわけですが、いま北朝鮮では一部のエリート層以外、配給が行き届いていない。人民は非合法な市場で生計を営むしかありません。市場には多くの人が集まり、情報も飛び交いますから、不満が一気に爆発する可能性がある。また携帯電話もいま500万台以上といわれています。人口は2500万人ですから、ほぼ普及したといっていい。だから情報流通もあります。

佐藤 それは危ない状態ですね。

 私は北朝鮮でのクーデターとか人民蜂起はあり得ないと思っていたのですが、もし金正恩に万が一のことがあれば、その可能性は高まります。後継者は金与正しかいません。他の幹部では、たちまち混乱に陥るでしょう。ナンバー2の崔竜海(チェリョンへ)も、実は4月から動静がわからなくなっています。だからとりあえず金一族と運命共同体の幹部たちが、金与正を中心に、いまの路線でいこうとするでしょうが、問題は、北朝鮮が生きていかなければならないことです。

佐藤 そのためには制裁解除が必要になってくる。

 北朝鮮は、工場の稼働率が20%しかないし、農業も振るわない。だから外国の援助が必要です。でも援助を受けるには、核の放棄と人権問題、日本なら拉致問題を解決しなければならない。そこで路線闘争が起こって、クーデターや人民蜂起につながる可能性は大きいと思います。

佐藤 金正恩の息子はいま何歳ですか。

 10歳といわれています。金正日から金正恩が後継者に指名されたのは、2009年1月です。その後、雪主(リソルジュ)と結婚し、10カ月くらい後に長男が生まれたと推測されています。

佐藤 そうすると、金与正がその息子までの中継ぎをするのは難しいですね。

 そんな長い期間は持たないでしょう。つまり金正恩が亡くなれば、金王朝はもう終わりです。その後、短期間の混乱を乗り切り、南北再統一をするプランが必要ですが、いまの韓国の文在寅政権は、金正恩が永遠に生きていることを前提に物事を考えている節があります。2032年に南北共同オリンピックをするとか。

佐藤 韓国の情報は、国民とか世界ではなく、金一族だけに向けている印象がありますね。

 北朝鮮を支えている思想は、主体思想です。もはやマルクス主義からはかけ離れ、人間中心の哲学などと言っていますが、つまりは、人間はバラバラだと何もできないから組織化して、それを動かす頭が要る。それが首領様で、首領様がいるから人民がいるという考えです。

佐藤 「人民福・首領福」と言いますね。こんな人民を持った首領様は幸せで、こんな首領様を持った人民は幸せ、というわけです。

 文在寅の哲学も「人間が先」だというものです。「サラム(人)」と言いますが、彼は若い頃に金日成の著作を少し齧ったのかもしれません。ただ左派政権であっても、マルクス主義も本来の金日成の哲学も本質的には理解できておらず、ただ表面的に追随している感じです。

佐藤 私は韓国の左派を見ていて、マルクス経済学の影響が薄いと感じています。要するに労働力の商品化を脱構築するところが弱い。だからスターリニズムなんです。国家機能を大きく強化することで再分配を行う政体で、これは国家主義というか、ファシズムに近い。

 そこは北朝鮮に通じるところがあるかもしれない。これからのコロナ後の世界は、米中に二分される可能性が高い。その時、韓国は中国側につく可能性がある。THAADを追加配備せず、「自由で開かれたインド太平洋」構想にも参加しない。アメリカを怒らせて、韓国から駐留軍を撤退させるのを望んでいる節もあります。

佐藤 その動きに北朝鮮も大きな影響を受けますから、話はややこしい。俯瞰すれば、日韓関係や北朝鮮情勢は、米中関係のいわば従属変数です。米中関係によって大きく変わってくる。

 中国も北朝鮮問題をどうしたいのか、はっきり打ち出していません。目標がないからこうした状況になっている。ただコロナ後には何か大きな変化があるかもしれません。

李 相哲(りそうてつ) 龍谷大学教授
1959年中国黒竜江省生まれ。北京中央民族大学卒。82年共産党機関紙「黒龍江日報」に入社し、87年上智大学に留学、95年に同大学院で博士号取得(新聞学)。98年に帰化し、同年龍谷大学社会学部助教授、2005年教授。著書に『北朝鮮がつくった韓国大統領』『金正日秘録』『金正日と金正恩の正体』『朴槿恵の挑戦』など。

週刊新潮 2020年6月4日号掲載

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