韓国は「防疫の模範」が裏目でクラスター、それでも「世界を先導」という自己暗示

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 韓国を新型肺炎の第2波が襲う。「世界を先導する防疫模範国」の自信は揺らぐのか。韓国観察者の鈴置高史氏が読む。

第2波がソウルに到来

――韓国で新型肺炎の感染者がまた出ています。

鈴置:5月19日午前0時現在の感染者数は前日と比べ13人増えました。1日当たりの新規感染者数は5月4日以降、1桁(けた)に落ちていましたが、5月8日に2桁に載せた後はそれが続いています。

 ソウルの梨泰院(イテウォン)という歓楽街の複数のクラブを舞台に、集団感染が発生したのが主な原因です。

 新規感染者数は2月末から3月上旬にかけては1000人に迫る勢いでした。第4の都市、大邱(テグ)と、その周辺の慶尚北道(キョンサンプクド)で感染爆発がおきたのです。

 ただ、4月以降は韓国の防疫当局の死に物狂いの努力で、感染者は急速に減っていました。4月2日以降は100人を割り、8日からは50人以下、4月18日以降は20人以下に……といった具合です。

 感染が収束局面に入ったと判断した韓国政府は「社会的距離をとれ」との指示を5月6日から解除しました。ところが同じ日に集団感染を疑われるケースが発生したのです。

第2の大邱に?

――「第2の大邱」になるのでしょうか。

鈴置:まだ、分かりません。今回の舞台は首都圏――ソウル特別市と仁川(インチョン)広域市、京畿道(キョンギド)です。

 首都圏の累計感染者数をグラフにすると、5月9日に突然、跳ね上がったのがよく分かります。もっともその後の伸びは直線的。指数的ではなく、感染爆発と呼ぶ状況には至っていません。

 感染を抑え込んだと安心していたら、また「ぶり返す」のは世界でしばしば見られる現象です。例えばドイツ、身近なところでは北海道です。ただ、韓国の防疫当局は冷や水を浴びせられました。「韓国型防疫」と誇ってきた手法が裏目に出たからです。

 韓国の政府・地方自治体は感染者を発見すると、その人がいつ、どこにいたか――動線をネット上で公開します。国民はそれを見て、感染者に濃厚接触した可能性を自分でチェックできます。

 濃厚接触を危ぶんだ国民が自発的に検査を受ける。防疫当局はその中から新たに感染者を発見、隔離して感染拡大を食い止める――作戦です。

 患者の名前は公開されず、感染者に振られる番号で呼ばれます。とはいえ、住んでいる自治体、年齢、性別は明らかになるので、感染者は周辺から「何番とはあの人だな」と、かなりの確率で見抜かれると言います。

 結局、感染者は「あんな場所に行っていたのか」と個人生活まで世間に知られかねない。人権侵害だ、との批判もありました。

 ただ「恐ろしい感染症を防ぐためだ」との名分が勝って、反対は大きな声にはなっていません。それをいいことに政府は「ITを駆使した先端的な防疫法」と世界に喧伝しています。「IT」とは動線を確認する際に、携帯電話の位置情報なども活用するからです。

裏目に出た監視型防疫

――今回、「裏目に出た」とは?

鈴置:感染拡大の舞台となった梨泰院の5つのクラブがゲイ――今風に言えば、性的少数者の溜り場だったのです。ゲイだと世間に知られるのを嫌がって、名乗り出ない人もいる。すると、防疫当局は感染経路を追えなくなってしまう。

 防疫体制のトップを務める丁世均(チョン・セギュン)首相が「梨泰院訪問以外のことは絶対に聞かないから検査を受けてくれ」と訴えましたが、効果のほどは不明です。

 聯合ニュースの「丁総理『梨泰院訪問以外は何も聞かない』」(5月13日、韓国語版)が、政府の必死の呼びかけを伝えました。

――携帯の位置情報を使って割り出せばいいのでは?

鈴置:もちろん、その手は使っています。しかし、韓国人もいざとなれば、政府が携帯の位置情報を覗くことは知っている。ゲイ・クラブに行く際は携帯の電源を切ってしまう人も多いでしょう。

 上に政策あれば、下に対策あり――です。「ITを駆使した先端的な防疫法」を政府が喧伝すればするほど、国民は対抗手段に乗り出すものなのです。

 実際、自宅での隔離を命じられた人が携帯を置いたまま外出して拘束された事件も起きました。韓国で携帯は一種の電子手錠化したのです。

 4月末からは本格的な電子手錠が登場しました。自宅隔離者の手首にはめて、位置を確認する「安心バンド」です。装着には本人の同意を得ます。

 もし、断った人が違反して外出した場合、装着を強制されます。それが嫌なら隔離施設に収容です。5月18日までに47人が安心バンドをはめました。

「先進国に昇格」で支持率上昇

――「裏目」を批判する人は出ないのですか?

鈴置:そこが興味深いところです。文在寅(ムン・ジェイン)政権の失政を常に嗅ぎまわる保守が、突いてもいいはずです。ところが、少なくとも5月18日まではそんな批判は起きていない。

――なぜでしょうか?

鈴置:「ITの駆使」を含め、韓国の防疫法が世界でもっとも優れたものであり、世界が学んでいる――との誇りを韓国人が持つに至ったからです。

 5月10日の就任3周年特別演説で、文在寅大統領が「我々は防疫で世界を先導する国になっています。K防疫は世界標準になったのです」と国民に呼びかけました。

「K防疫」という単語は「K-POP」の転用ですが、「K」とは単に「韓国独自」の意味に留まりません。韓国人にとって「自分の国が世界をリードする先進国になった」ことの象徴なのです。

 韓国人が「ついに先進国民だ」と喜んでいる時に「それは違うぞ」と水をかける勇気のある保守系紙はまず、ないと思います。

 この政権が上手いのは「防疫の成功」を「先進国への昇格」と重ね合わせたことです。仮に、少々失敗しても自らに批判の矛先が向かいにくい。そして人気を得るには、政権の手柄を強調せずとも「先進国に昇格」だけで十分なのです。

 韓国ギャラップによると、文在寅大統領が「国政運営を上手くやっている」と考える人は5月第1週(調査日=5月6-7日)には71%という、政権後半期としては異例の高さとなりました。一方、「上手くやっていない」は21%にとどまりました。

 さすがに、梨泰院での集団感染が判明した後の5月第2週(調査日=5月12-13日)の「上手くやっている」は65%に落ちましたが(「上手くやっていない」は27%)、それでも歴代政権の同じ時期と比べ、相当に高い水準です。

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