松岡敬(同志社大学学長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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文理融合の重要性

佐藤 同志社はキリスト教主義ですが、ミッションスクールとは言いません。ミッションというのは、外国の宣教師たちが日本でキリスト教を布教して信者を作り、その先に植民地化も視野に入れた活動です。新島襄はそういう学校を作ったのではない。では同志社のキリスト教主義的な教育が何かといえば、それは一種の価値観教育だと思います。そこには国際主義も入ってくる。

松岡 別の言い方をすると、キリスト教主義に立脚したリベラルアーツ教育だと思います。これまで佐藤さんと何度も話してきた「総合知」ですね。「統合知」と言ってもいい。そこに根差した教育を目指しています。その一つのアプローチが、文理融合の教養を身につけた「サイエンス・コミュニケーターの養成」で、これは佐藤さんに授業していただいている。

佐藤 サイエンス・コミュニケーターの養成は、松岡さんが導入された「ALL DOSHISHA 教育推進プログラム」の一つでした。

松岡 2018年から始めた制度です。各学部から教育プログラムを募り、全学的なコンペで評価を下し、採用されたプログラムは全学で行います。サイエンス・コミュニケーターは最初の年に採用されたもので、これは総合知に欠かせない、まさに文理融合の教育です。

佐藤 19世紀の初めにドイツで、当時はプロシアですが、大学改革の動きがありました。フランスが戦争に強いのは、総合大学から神学部や哲学部をなくして工学部系統、法学部系統の単科大学を中心にしたためだということで、つまりドイツにもフランス型のポリテクニーク専門学校を導入しようとしました。この時、反対したのがベルリン大学神学部のシュライエルマッハーです。それは中世の職人学校に逆戻りすることだとして、逆に各分野の研究者が哲学部で講座を持ち、自身の研究をわかりやすく伝える仕組みを作った。これによってドイツの基礎的学力は高まり、19世紀はドイツの時代になるんです。

松岡 まさに文理融合、サイエンス・コミュニケーターの重要性に通じる話です。

佐藤 ただ大学の先生でもそれを理解していない人が多い。昨年、日本分子生物学会の特別講演で、文理融合の話をしました。すると何人もの先生が手を挙げて、「文理融合と言っても、両方わかって説明できる先生はいるんですか」と言う。

松岡 それはまったく次元の違う話です。

佐藤 自分が何を研究しているのか、他の人たちにわかるように話す、理科系の先生なら、自分の研究を文科系の人にわかるように説明できなければならない。

松岡 その通りです。

佐藤 去年、私はその講義で「錬金術」を取り上げました。なぜ錬金術なのか。これがわかれば、STAP細胞の小保方晴子騒動のことがわかるからです。心理学者カール・ユングは『心理学と錬金術』という本を書いています。彼は、錬金術は一般に考えられているような卑金属を貴金属に変えるものではなく、錬金術師が研究室にいるメンバーの深層心理を支配した時に完成する心理技法だと説明するんですね。

松岡 なるほど。

佐藤 錬金術と心理学を援用すると、なぜあの騒動が起きたかがわかる。自然科学を勉強する人は、錬金術を知っておくと、基礎的なところからチェックできるようになります。国も、危ない研究にお金をつけてはいけないわけで、そういうところにも彼らが必要になってきます。

松岡 AIやIoTなど新たなキーワードが現れ、それらの仕組みを理解している人とそうでない人に世の中が分断されていく可能性もありますね。専門化して複雑になった学問や研究をいかに部外の人に理解させていくか、またそれを担う人材を育てていくことは非常に大切で、まさに今、大学が取り組まなければならないことだと思っています。

松岡敬(まつおかたかし) 同志社大学学長
1955年生まれ。同志社大学工学部機械工学科卒。84年同大学院工学研究科機械工学専攻博士課程(後期課程)単位取得退学。87年工学博士(同志社大学)。87年近畿大学工学部専任講師、91年助教授を経て、93年同志社大学工学部助教授。英サリー大学に留学後の98年より工学部教授。2016年4月、同大第33代学長に就任した。

週刊新潮 2020年2月13日号掲載

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