「奈良帝国」の建国(古市憲寿)

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 奈良は行くたびに発見がある。東大寺といえば大仏殿が有名だが、二月堂まで足を延ばすと高台から街並みを一望することができる。僕が訪れたのは日没の時間。生駒山に落ち込んでいく、空一面に広がる夕焼けを眺めることができた。

 と、新幹線に置いてある雑誌のような文章を書いてしまったが、「行くたびに発見がある」というのは傲慢な考え方だと思う。著者が「発見」だと思っているものは、地元にとって「常識」という場合が珍しくないからだ。二月堂の夕日にしても、奈良県が絶景ポイントとして景観資産にまで指定している。

 もしも何度もその場所を訪れているのに、本当に毎回「発見」があると思うなら、自分が注意力散漫であることを疑ったほうがいい(もっともただの「常識」を「発見」と思える人生のほうが幸せだとは思う)。

 今回僕が奈良を訪れたのは「発見」をするためではない。奈良市長の仲川げんさんと「子育てしやすい社会」をテーマに対談してきた。3人の子どもを持つ若手市長である(苦労が絶えないせいか見た目は若くない)。

 奈良県は日本で一番専業主婦率が高い。大阪や京都のベッドタウンであるので比較的裕福な家が多く、東大や京大への進学率も高い。要は豊かであるために、昭和型の生き方を維持できている家が多いのだ。

 しかしそんな奈良も変わりつつある。奈良市に限って言えば、2歳以下の子どもを持つ女性の就業率が2013年は4割だったのに、たった5年間で6割にまで増えた。保育園の整備を進めているが、中々需要に追いつかず今も待機児童がいる状態だという。

 大阪や京都に比べて田舎扱いされてきた奈良。大阪を地方扱いすると怒られるが、奈良にはあまり怒られない。実際、未だに県内で最も高い建築物が興福寺五重塔だったりする。

 そんな奈良の変化は、今や育児環境だけではない。

 たとえば平城宮跡の整備が進んでいて、すでに復元された朱雀門、大極殿、東院庭園に加えて、2022年には南門が完成する予定。将来的には築地回廊や内庭広場を含めて復元していく予定だという。

 東大寺も七重塔の再建を目論んでいるらしい。8世紀の東大寺には高さ70メートル、もしくは100メートルの東塔と西塔があったという。失われて久しいが、発掘調査を進めながら再建も視野に入れる。実現すれば奈良県で最も高い建築物になる。

 面白いのは奈良の変化が過去に向かっていることだ。多くの街は過去に遡るほど何もないが、奈良の場合は逆。この街が栄華を極めたのは実に1300年前である。

 大変なことだ。仮にこれから東京が廃れたとして、1300年後の人々が2019年の東京を再現しようとは思わないだろう。あったとして江戸の再現だ。それくらい、未来から見て価値のある街を作るのは難しい。

 いっそ奈良市中を平城京の時代に戻してくれたら楽しそうだが、地元からすれば暮らしにくくてたまったものではないだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2019年10月17日号掲載

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