「金の亡者」と言われた本庶佑博士が小野薬品に反論2時間

ビジネス 週刊新潮 2019年6月13日号掲載

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“金の亡者”といわれた本庶佑博士が「小野薬品」に反論2時間(1/2)

「地位も名誉も十分に得たのに、数百億のお金を貰ってどうする」「実は金の亡者」。小野薬品に莫大な特許使用料を求めたことで、ネットには本庶佑氏(京大特別教授)に対する批判が溢れた。しかし、真相は違う。ノーベル賞学者が明かす小野薬品との「8年闘争」。

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 小野薬品からすれば、僕個人に100億円も払っておけば満足すると思っていたのかも知れません。これで楽しい生活が送れるだろうとね。仮に(高級ワインの)ロマネ・コンティを山のように買って飲んだとしてもたかが知れているでしょう? もちろん、僕はそういう使い方をしたいわけじゃない。僕はこの特許は本来大学に帰属すべきだと思っている。だから若手研究者の研究資金に充てたいということを小野にも伝えている。向こうはそこを分かってないと思うんです。

〈本庶佑(ほんじょたすく)・京都大学特別教授(77)のノーベル賞受賞につながった「PD―1抗体」で最も潤った製薬会社が、がん治療薬「オプジーボ」を製造販売する小野薬品だ。だが、本庶氏と小野薬品の関係は長らく冷え切ったものになっている。特許の対価が国際的な標準料率よりあまりに低いからだ。また、最近になって小野薬品から300億円の寄付の申し出があったこと(昨年11月)を本庶氏は明らかにしているが、これも「あり得ない金額」と批判するのだ。〉

 後で触れますが、寄付の件は、こちらから小野薬品に持ち掛けた話でした。特許の価値について合意できないなら、せめて前向きな研究資金として「小野・本庶基金」を設立し、そこに寄付をしてもらいたいと伝えたのです。しかし、小野が提示してきたのは、先方が2013年から提案してきた新しい契約条件に基づく算定額の数分の1以下。小野とは、もう8年の交渉になりますが、「払う」と約束しておきながら払わなかったり、一旦提示した条件を後で大幅に値切ってくるなど、その姿勢はずっと不誠実なものでした。

 そもそも小野薬品と京大は、古くからの付き合いなのです。薬の販売からスタートした小野薬品は、私の師匠である早石修先生から勧められ、プロスタグランジンの製品化に乗り出すのですが、これが大ヒットした。いわば、小野薬品は京大の協力で製薬会社としての礎を築いたともいえる。そうした関係から、私がオプジーボにつながる「PD―1」を発見した際にも、大学が特許出願の力はないというので、まず小野薬品に声をかけた。製薬会社は特許取得のノウハウを持っていますから、小野に協力してもらい共同で特許を出願したのです。2002年のことでした。その際“これは薬になるかも知れないから一緒に開発しないか”とこちらから持ち掛けたのです。

 しかし、小野薬品は及び腰でした。自分の会社はまだ規模が小さい。がん治療薬を作った経験もゼロ。だから、大手の製薬会社と組んで開発したいと答えてきたのです。それで、小野は武田薬品や中外製薬など、十数社に声をかけたのですが、いずれも断られてしまった。当時はがんの免疫療法に、まともに取り組もうという空気がなかったんですね。その結果、パートナーが見つからないから開発はできないと正式に断ってきた。当時の幹部で、後に小野薬品の社長になる人から言われたのです。

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