「金の亡者」と言われた本庶佑博士が小野薬品に反論2時間

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小野が貢献したかのような“見せかけ”

〈06年4月、本庶氏と小野薬品は新薬の開発に向けて契約(「PD―1遺伝子特許実施権許諾に関する契約書」)を交わす。それによると、本庶氏が小野薬品から受け取るのは、(1)小野薬品自身が販売する新薬の売上げ、(2)小野薬品がBMSに導出し、BMSから受け取るロイヤリティ(これは小野薬品が一円も投資せずに得るもの)のいずれについても1%以下だった。(一財)経済産業調査会などのデータによると、前記(1)のカテゴリーについては、医薬品の場合、開発者のライセンス料は3~5%、前記(2)のカテゴリーについては20~30%が相場とされている。〉

 契約がおかしいな、と気が付いたのは11年のことです。すでにアメリカで治験が始まり、新薬になる期待も出てきました。研究費が入ってくるかも知れないと思って、その時、初めて契約書を見直したのです。すると、素人の僕から見てもライセンスの料率がひとケタ低い。そこで、以前から知り合いの仙元隆一郎先生(故人)に契約書を見てもらったのです(註・仙元氏は知財分野では世界的に有名な法律家)。そうしたら、すぐにおかしな契約だと指摘された。そこで交渉経緯の書類をすべて見てもらったら、双方が特許にどんな貢献をしたのかなどを整理してくれたのです。

 仙元先生は小野の知財担当者を呼んで交渉を始めてくれました。そこから分かったのは、小野がPD―1抗体の開発に多大な貢献をしたかのように見せていたことでした。しかし、実際には基礎研究の段階で1億円にも満たない資金を出したぐらいのものです。研究そのものには全く貢献していません。また、小野薬品が、私の特許は薬にするにはまだまだ未熟な遺伝子やタンパク質だと京大宛ての説明書面に書いていたことも分かった。つまり、大した価値はない。だからライセンスの料率は1%以下でいいのだという理屈でした。実際は「PD―1阻害によるがん治療法」という各社が訴訟合戦をしている製薬の基本特許です。

 一方で、アメリカではPD―1抗体の治験が進み、驚異的な治癒率が明らかになってきます。12年に医学誌「ニューイングランドジャーナル・オブ・メディスン」に論文が発表されると、その効果に世界中が注目するようになりました。後にカーター元大統領が、PD―1抗体を使った治療でがんを完治させるなど、日本より先に欧米で話題になったのです。

 こうした事実の露見に小野も具合が悪いと思ったのかも知れません。13年になって、小野側はライセンス料の改定案を持ち出してきます。

〈小野薬品が再提示したのは、前述した(1)小野薬品自身が販売する薬の売上げに対するライセンス料を2%に、(2)小野薬品がBMSから受け取るロイヤリティの配分割合を10%に引き上げるという案だった。それでも、国際相場と比較すると半分弱の数字である。14年、待ちに待った製造販売承認がオプジーボに下りる。一方で、アメリカではメルク社が同様のがん免疫治療薬「キイトルーダ」を発売。小野とBMSは特許侵害訴訟を提起したが、勝つためには本庶氏の協力が必要だった。〉

(2)へつづく

週刊新潮 2019年6月13日号掲載

特集「独占激白! 『毎晩ロマネ・コンティを飲みたいわけじゃない』『金の亡者』といわれた『本庶佑』博士が『小野薬品』に反論2時間」より

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