印税収入2億円、74歳「官能小説家」にバブルな生活を止めさせた根本的な原因

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取材・文/段勲(ジャーナリスト)

 官能小説家の漆原竜蔵さん(74=仮名)は、3月末、久しぶりに東京・千代田区内の定宿にしているホテルに宿泊。ホテルから近い千鳥ヶ淵を散歩した。夕方、ライトアップされた7分咲きの桜を見上げながら、

「私が官能小説家としてデビューしたのは二十数年前、ちょうど、桜が咲き始めたこんな季節でしたね」

 と、回想する。

 出版社に勤務していた漆原さんは、定年を数年残し、1000万円を超える年収を捨てて円満退社した。転職を望んだわけではない。編集業務に忙殺されて体調を壊したことや、離婚というアクシデントがあり、ここらで人生を切り替えてみようと思ったのである。

 退職後、首を絞めるネクタイから開放され、退職金を切り崩しながら1年間ほど海外旅行や好きなゴルフ、マージャンを思いきり楽しんだ。

 日々、遊びから帰宅すると、ただベッドに横たわるという自堕落な生活。生きているという充実感がなかった。胸にぽかっと、穴が開いたような感じだったという。

 ある日、書斎の書棚を眺めていると、昔、気休めに読んでいだ宇能鴻一郎や川上宗薫の官能小説が目に飛び込んできた。

「このくらいの小説なら私にも書けないか」

 漆原さんは夕刊紙編集部に勤務していた知人に連絡して、

「俺も官能小説を書いてみたい」

 と、相談を持ち掛けた。2つ返事でOKを貰い、3カ月の約束で連載がスタートする。恵まれた官能小説家のデビューだった。

 その後、担当編集者から「原稿に粗削りな部分があるけど、ストーリーは斬新で面白い」と、当初の連載3カ月の約束を半年に延長してくれた。連載を読んでいた出版社から文庫本化の依頼があり、書店に官能小説家・漆原竜蔵の第1作が並ぶ。タイトルは「歩くバイアグラ」――。

 続けて書き下ろし文庫本の原稿依頼があった。漆原さんは2作目の原稿を編集部に、400字詰め原稿用紙300枚ほどを束ねて持ち込む。担当の編集者から、

「あのう 漆原さんはパソコンを使わないのですか?」

 と、尋ねられた。原稿を紙で受け取ると、編集者は時間をかけて、再度パソコンに打ち込まなければならない。実に手間暇がかかる余計な編集作業の負担を背負うことになる。

 第1回の作品で得た100万円に近い印税で、漆原さんは電気量販店からパソコンを購入した。しかし、ビデオデッキも満足に使えないメカ音痴。そのうえ60歳に近い固い頭で、パソコンの操作修得はたやすいことでなかった。最初、キーボードで活字を打つときは、もっぱら1指打法である。

 それでも英語まじりの難解な解説書を脇に置き、原稿用紙時代の数倍の時間を要しながら、ようやく2作目を完成させた。ところが3作目の完成間近のとき、パソコン操作のミスで、2カ月を費やして書き上げた原稿が画面からパっと消えてしまう。頭の中は真っ白。悔しさのあまり、パソコンを窓の外に放り投げようかと思ったという。

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